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老いは細部から
老いは、わかりやすく体に現れる。うまく動かなくなる、たるんでくる、生えてこなくなる。歳をとると、みんな体に気になるところが増える。ただ、どうにか防ぐ、それができる箇所もあるはずだ。日ごろの体の手入れ具合が、数十年後の自分に大きな影響を及ぼしてくる、と頭の片隅に置いておきたい。
どの年齢でも、気にするところ。人と話していて、どうしても目につくところ。歯にも老いがある。
小学生のわたしは、母の実家に1ヶ月ほど里帰りをしていた。祖母は洗面台で、毎朝きちんと時間をかけて顔を洗う。その後ろ姿を毎日見ていた。ある日、朝起きて、普段通りリビングに向かう。いつものように祖母が洗面台で顔を洗っている様子が目に入った。なぜ祖母は毎朝時間をかけて顔を洗っているのか。それがどうしても気になって、その様子を近くで見てみることにした。
「何をしているの」と祖母は戸惑った様子だったが、かまいはしない。どうしても気になったのだ。まず、どこで買ったかわからない洗顔フォームを使って、祖母は丁寧に顔を洗いはじめた。じっくり、丁寧に、洗顔をする。どこか顔をマッサージするようにも見えた。それを終えると、口を大きく開けて、歯を取り付けた。
え。歯取ってたん。
歯って装着できるんや。
なんか、めっちゃカッコいい。
幼いながらにそう思ったのを覚えている。体の一部を自由につけ外しできることが、小さいわたしの目には、どこか魅力的にうつった。仮面ライダーのベルトみたいに、必要なときだけつける、いらないときは外す。これがちっちゃいわたしから見たカッコいいポイント。祖母は総入れ歯だった。毎朝入れ歯に時間を取られていた。
そこから時は経って、わたしは成人した。大学生も後半に差し掛かる時期に、今度は父が部分入れ歯をつけるようになった。
まだ50なのに入れ歯をつけたり、外したりしている。ダサい、カッコわるいより、早くね?が勝った。入れ歯カッコいいと思ったときの、祖母は70代。父はジャスト50。圧倒的な早さで、入れ歯を装着している。
ただ原因は分かり切っていた。タバコを好きなだけ吸って、好きなだけ酒を飲むことだ。基本的にタバコは30分一回のペースで吸うし、喫煙所を見つけるスピードが多分誰よりも速い。酒は毎日飲み、朝も昼も夜も関係ない。仕事の前に軽くアルコールを入れる日もあった。バレたらどうするん?大丈夫?と周りは言うが、なんとかバレていないらしい。
それでいて、歯を気にする様子もない。日ごろの行いが祟って、歯周病になり、虫歯になり、歯が数本抜け落ちて、50で入れ歯だ。考えてみれば、父は入れ歯になっても何ら不思議ではなかった。
めちゃくちゃ不便そうやし、なによりカッコわるいな。成長したわたしは、装着のカッコ良さを忘れていた。それに、不安も感じた。わたしもそれなりにタバコを吸っているし、普段から定期検診に行くなどして歯を気にかけてもいない。もしかしたらと、早めの入れ歯の未来がよぎる。気にかけて、手入れをしてたら絶対に悪くはならないわけではないが、してた方がいいに決まっている。
入れ歯になれば、その都度入れ外しや洗浄の手間、などの不便が増えてしまう。無駄な出費もかかるだろう。老いに抗って、若々しくいるために、まず歯を気にする余裕を持つべきなのかもしれない。