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歌舞伎町ペーパーボーイ:6

新聞奨学生というと苦学の人、というイメージがあるかもしれない。まあ、そんな人も中にはいるけれど、大抵は等身大の19歳。遊びたい年頃なのは普通の人と変わりない。

ウキウキデート編

ある日、ジュンジが女の子を二人連れてきた。そしてコソコソとオレにだけ聞こえるように話しかけてきた。奴の本命は一人。しかし、デートに誘う勇気がないので友達同士の二人を連れてきたという。ダブルデート大作戦?なんじゃそりゃ。

「キジマ、悪ぃ、もう一人の子相手してやってや」

え、何?そもそも、成り行きがわからない。オマエは何でその二人と知り合ったの?そんでもって、これから昼寝に勤しもうとするオレに相手をしろってどういうこと?

「オマエ次の日休みだっぺ?オレも休みだからよう、どっか出掛けねえかと思って」

そう、確かその日は月曜日。そして、ラッキーなことに祝日だった。オレは火曜日が休みなので、月曜日の朝刊を配ったら水曜の朝まで仕事無し。もちろん学校はあったが、そんな大チャンス、元からサボるつもりだった。

「え、いいけどよう。オレその娘どうすりゃいいの」
「適当にしてていいから。もう好きにして」

いや、「好きにして」はオマエの台詞ではないぞ、と思いつつなんとなく下心に気分を高ぶらせ、ご対面。面食いのジュンジの事だから、どちらが本命かはすぐわかった。かわいい娘が一人と、そうでない娘が一人。

(これは、便利屋として使われたな)

「こいつがキジマっつってよ、彼女募集中でどうしてもって…」

…!!

オレがダシに使われてるじゃねえか!

「あーそうなんだ~。ヨロシク~(ニヤニヤ)」

完全に嵌められた。オレは彼女募集中のギラついた少年として第一印象インプット。ジュンジは親友の為に女の子を世話する面倒見のいいナイスガイ。

な ん か 間 違 っ て る。

そもそもこの二人、ジュンジの学校の、友達の、友達という赤の他人同然の間柄で、何かのタイミングで仲良くなりジュンジが一目惚れ。マンツーマンで連れ出すほどの仲でもなく、オレをエサにしてダブルデート敢行を思いついたらしい。

ともかく、顔合わせをすませた4人。かわいい娘はリカと言った。そうでない娘の名前は忘れた。仮にイボンヌとしとこう。OK、イボンヌだ。

オレをイボンヌといい感じにするためのダブルデートは、既に行き先まで決まっていた。いや、オレ行くとも言ってないのにもう予定まで決まってるのかよ!目的地は豊島園。いやー楽しみだなーワクワクっ……て、そんな訳ねえだろ。やけに血色のいいジュンジ、早くも目が死んでるオレ。

かくしてダブルデートは実行に移された。

心理学の本で読んだのだけれど、ジェットコースターで適度に上昇した心拍数と恋愛のドキドキって似ているらしい。だから錯覚で恋に落ちてしまうことがあるんだそうだ。吊り橋効果だっけな?遊園地デート、これは使えるぞと思ったのはもう少し後の話。

オレは自分の預かりしらぬ状況で事態が進み始めていることにドキドキしていた。西武線のロングシートの対面には楽しそうなジュンジとリカ。そして、オレの隣にはイボンヌ。

彼女の名誉のために書いておくが、イボンヌは決して不細工な女の子ではない。しかしリカと比べると0.2秒で「うーん、リカちゃんで!」というコントラストが付いてしまう程度に差はあった。ここでイボンヌとうまくいったとして、5分の兄弟分であるはずのジュンジがリカをものにした場合の事を考えるとオレたちのパワーバランスが崩れてしまう。そもそもこういうセッティングを今朝の時点で望んでいない。オレはただ、週に一度だけの休日を寝て過ごしたかっただけなんだ。

さて、豊島園。名前は知っていたけれど初めての遊園地だ。まあなんというか、無難な感じだ。だが、ジュンジの顔色が俄に変わった。絶叫マシーンだ。元暴走族のクセしてこういうものには滅法弱いらしい。

「やべえ。こんなものがあるとは思わんかった」

男らしさがウリのジュンジ、作戦に綻びが生じたでござる、の巻。元々コイツは計算高いほうじゃない。

しかし2人乗りが多いこれらのマシーン、奴にとっては大きなチャンスである。それぞれの思惑を胸に4人は絶叫マシーンに吸い込まれていった。現代日本史178ページ、1998年「トシマエンの屈辱」である。

フライングパイレーツ、
フライングカーペット、
トップスピンハード…

過酷な絶叫ロードが始まる。因みにオレは地元の鷲羽山ハイランドというこの世で最も恐ろしい遊園地に何度も行ったことがあるので、このぐらいの絶叫はへっちゃらだ。

だが、やはりジュンジは期待通りの失態を犯した。つまり、リカに小心者だということがバレてしまったのだ。オレの後ろで「こえええ、おかあちゃん…」と呻くような声が聞こえてくる。情けねえなあ、もう。一方、オレの隣ではイボンヌが絶叫している。おい、誰かコイツの口を塞いでやってくれ。

作戦失敗に落ち込むジュンジ。しかし逆にそれがリカの母性本能を刺激したのか、日が暮れる頃には二人ですっかりいい感じになっていた。ジュンジ的には災い転じてオールオッケーのダブルデートになったようだ。

しかし、オレの方は大問題である。そもそも、このデートの趣旨は「オレをイボンヌとくっつけよう大作戦」なのだ。リカもそう信じて疑わない。イボンヌもまんざらではなさそう。自分のタイプを喋りはじめ、その悉くがオレの特長と合致。いや、それ明らかに口から出任せでしょ。

「え~じゃあ、キジマ君とピッタリじゃん!」

こらリカ、余計なことを言うんじゃねえ。そもそもオレは君と会ったの今日が初めてだし、その存在を知ったのもつい4時間ほど前なんですけど!

ジュンジがオレにアイコンタクトを送ってきた。すまん、その意味がさっぱりわからない。こちらも助けを求めるアイコンタクトを出すがウィンクで返される。

ダメだコイツ。

ジュンジにとって最良の、オレにとって最悪の事態が訪れようとしていた。

なんと、リカがジュンジの部屋に泊まるというのだ。そして何故かその流れでイボンヌもオレの部屋に泊まっちゃえと。

「いいじゃん、いいじゃん、泊まらせてもらっちゃいなよ」
「ええ~でも~…うーん、いいのかなあ…」

おめでとうジュンジ、どうしようオレ。イボンヌはますますやる気だ。場の雰囲気を壊す訳にもいかず、成り行きに任せるまま新聞屋の寮に帰った。もちろん手ぶらではない。未成年ではあるが少量のアルコールを買ってきた。まあほら、飲まずには居られない夜もあるさ。

「狭っ!」

イボンヌは部屋に入るなりそう言った。無理もない。オレだって最初はトイレかと思った。だいたい、3畳以下の部屋にお目にかかる人の方が少ないだろう。ベッドを置けばもうそれだけ、という部屋。とても狭い。二人の距離も物理的に縮まる。カクテルバーだかなんだか、コジャレたものを飲みながら終電でタイミング良く帰そうと考えた。

ところが…

不覚にもいい雰囲気になってしまった。イボンヌはとても性格がいい子であった。ルックスだって悪くない。スタイルもいい。おまけにオレに気があるそぶりを見せてきた。東京に来てから半年。ここまでずっと女っ気の無い生活だった。彼女にするには正直ウーンって感じだけど(そもそも今日初めて会ったんだよ)もうこのままいってしまってもいいや…。よし、後の事は後で考えよう。俺は狼になる覚悟を決めた。

その瞬間、ハッと気がついた。

この部屋の壁はベニヤ板だった。防音などという概念はあってないようなものだ。こんなところでコトに及んだら隣のフカツさんに筒抜けだ。それはちょっと、いや、かなりイヤだ。だからといって歌舞伎町のホテルに行くっていうのも…。ていうかそんなこと言い出せねえ。正直、金もないし。

逡巡している間にイボンヌはベッドに横たわってウトウトしていた。だいぶ酔っぱらっている。もう襲ってくださいと言わんばかりだ。頼む、3時まで待ってくれ。3時になったら新聞が来る。みんなが、フカツさんが配達に出掛けてしまったら後は大丈夫だ。時刻は23時。終電にはもう間に合わない。

生殺しの4時間。しかし、とうとうその時が来た。オレも男だ。ここで決めるぞ!…しかし、イボンヌは遊び疲れて深い眠りについていた。背中を向けて丸まっている。こっそり服を脱がしてやろうと何度も考えたが、よりによって一番難しい姿勢になっておられた。

リカの親友という手前、荒っぽいことはやれない。そもそも寝込みを襲うなんてことはジェントルでシャイなオレには無理な話だ。結局オレは生殺しなうえに布団まで取られて一睡も出来ず、この世の中で最も不幸な少年になった。

翌朝、オレとジュンジは彼女たちを新宿駅まで送った。イボンヌは朝日と共に起床し、普通にメイクをして出て行った。電話番号を聞かれたが「オレ持ってないんだわ」と言うとそれきりだった。

一方ジュンジはとても充実した顔をしていた。部屋では落ち着かないからとホテルに行ったらしい。オレはジュンジに深い殺意を抱いた。

結局、この件はフレッシュネスバーガーの奢りで手打ちとなった。好物とはいえ、ファストフードで買収される安いオレ。とにかく、こうして長い一日が終わった。

その日の夜、食堂で会ったフカツさん、

「女の子連れ込んでたでしょー。やるねえ。そんで何もしなかったの?エラいねー。ウフフフ」

ぁああぁぁあああぁぁぁあああッ!!

後日談

ジュンジはリカと付き合うことになった。オレが新聞屋を辞めた後も二人の関係は続き、20歳の誕生日には二人してお祝いに来てくれた。その後、知らないウチに別れてしまったらしい。リカは本当にいい子だったのに勿体ない。 まあ、別れってそういうものだ。ドラマみたいにはいかないよ。

イボンヌはオレが悪夢を忘れた頃、再び新聞屋に現れた。とはいってもお目当てはオレではなくスズキという男。こいつは関西出身の女たらしで、ギターの腕は天才的なのだが(後にプロになった)女転がしがそれ以上に天才的だった。どういう経緯なのか、いつの間にかイボンヌに声をかけ、あっという間に自分のモノにしてしまったのだ。

とはいっても天性のヒモ体質スズキの事。イボンヌはせいぜい3番手4番手の女だったのだろう。ある日突然修羅場を迎え、それ以降イボンヌの姿は見ていない。スズキはともかく、イボンヌには幸せになって欲しい。

最後にオレ。後日全ての事情を知ったリカが、イボンヌとは別の女の子を紹介してくれた。X JAPANとHideが大好きなアカネちゃんだ(大沢あかねとソックリで、後にタレントデビューしたのかと思った。もちろん別人)。いや、そのチョイスどうなんですかリカさん…。音楽の趣味がまったく合いそうにないなんだよなあ……。嫌がらせかな?

しかし、オレのチョロさはその不安を圧倒的な威力で吹き飛ばしていった。つまりアカネちゃんはルックスが良かった。それだけで好きになってしまったのだ。

何度めかデートの後、アカネちゃんに「オレと付き合って欲しい」と告白をした。

「うーん、ちょっとムリ」

ジュンジが輝かしい成功を収めた裏で、オレの恋はあっけなく終戦した。

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スズキ
子役としての俳優経験がある大阪生まれのイケメンエロモンキー。音楽についての才能と真剣さはピカイチで、一番最初にプロデビューという形で結果を出した凄腕ギタリスト。そのセンスはイングヴェイが大好きという時点でお察しください。

仲が良かったが衝突することもあり、よき喧嘩友達という感じだった。

歌舞伎町ペーパーボーイ:5 | 歌舞伎町ペーパーボーイ:最終話


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