2020年代インターネットにおける背教的ヒップホップの系譜
2020年代のインターネットを跋扈する、ゴスっぽいヒップホップ(Surge/HexD・Sigilkore/Krush Club・Scenecore)についての私的なまとめです
ホラーコアからPhonkへ
いわゆる悪魔崇拝的なラップのルーツは、米国南部で発展を遂げたホラーコアにある。ホラー映画とヒップホップを結びつけた同ジャンルはテキサス州ヒューストンのGeto Boysがリリースした「Assassin」(1988年)に端を発するといわれる。ホラーコアはテネシー州メンフィスにおいて成熟する。メンフィスラップの旗手としてよく知られるのはThree 6 mafiaであり、1stアルバム『Mystic Stylez』(1995年)には、悪魔崇拝的な歌詞が連なる。
フロリダ州マイアミのラッパー・ビートメイカーであり、Raider Klanの首魁であったSpaceGhostPurrp(以下、SGP)は、こうしたメンフィスラップの影響を強く受けながら、新しいジャンルとしてのPhonkをつくり上げた。同ジャンルがうまれるきっかけになった(と思われる)ミックステープ『Blackland Radio 66.6』(2011年)は、彼いわく「Three 6 Mafiaであるとか、少しはWu-Tang Clanであるとかの、90年代に対するトリビュート」であり、全面に異教的・暴力的モチーフが散りばめられる。
SGPの影響力は強かった。Genius(2018)いわく、たとえばLil Uzi VertやXXXTENTACIONのゴス性は彼に源流を辿れるものであるし、他にも、トラップメタルの旗手として知られるGhostemaneは、自分がラッパーになったきっかけのアルバムとして『Blackland Radio 66.6』を挙げている(もっとも、「JOHN DEE」で彼が自らを「若きクロウリー」と呼んでいることからも伺えるよう、彼は悪魔崇拝者ではなくセレマイトである)。
GothBoiCliqueとゴスラップ
SGPから現代悪魔崇拝シーンへの橋渡しとして、GothBoiClique(以下、GBC)についても触れておく必要があるだろう。Wicca Phase Springs Eternal(以下、WPSE)の主導で2012年に結成され、カリフォルニア州ロサンゼルスを拠点とするこのコレクティブは、彼いわく「その美学がトラップ、エモ、ブラックメタル、ダークウェイブ、インディーロック、その他なんでもリスナーの心を擽るものとの間に有機的な糸を引くことができる世代に開いていた」ゆえに成功したという。GBCはRaider Klanの枝であるThraxxhouseのさらに枝という位置づけにあった。GBCの名前の由来については説明する必要もないが、Thraxxhouseという名前もそれなりに悪魔的起源をもっており、Lil Bの「I'm Thraxx」と音楽ジャンルのWitchhouseがその命名もとである。Witchhouseもまたホラーコアの影響を受けた異教的ハウスミュージックであるが、このジャンルについては詳しい説明記事がすでにたくさんあるので、それらを参照してほしい。
Fullmaticは、Phonkの悪魔崇拝的な部分は、「実際のギャングじゃなく、いわゆるオタク的な人たちの持ち込んだ」ものであると論じる。Lil Tracyは自分が加入した当時のGBCについて、「マジで白人のガキとか、エモなシットとかのためのものだった」と述懐しているが、つまり、GBCもそういう感じの集団であった。WPSEはUFOといったムー的なもの(彼の言葉を借りるなら、「conspiracy theory stuff」)を通じてオカルトに興味を抱くようになり、徐々に現代魔術やケイオスマジックに傾倒するようになったという。2018年の「Corinthiax」は、彼がコリンティアクスなる女性の霊体(?)に悩まされる楽曲である。
GBCの他のアーティストも、WPSE同様こうしたゴス的モチーフを好んだ。たとえば、Lil Peepは2017年の「Problems」において悪魔との契約についてラップしているし、Lil Tracy(Yung Bruh)は2014年の「l a c e d」をはじめとする多くの楽曲で、自らを吸血鬼であるとラップしている。
Sigilkore
Sigilkoreは、SGPの音楽性を(やや誇張気味に)引き継いだ、悪魔的ジャンルである。その旗手となったのはAxxturel(現:Luci4)率いるJewelxxet。
SGPがつくりあげたコレクティブであるBMB Deathrowに、JewelxxetのメンバーであるAxxturel、Sellasouls、islurwhenitalk、2Shanezが所属していたことは特筆すべきことであろう。Jewelxxetは、Orvis(2021)の言葉を借りるならば「BMBの正統後継者」であり、Trapめいた陰鬱な雰囲気を漂わせつつもBPMは速く、金属的なシンセサイザー音を多用するTread(これは、BMBの共同創設者であるCHXPOの得意分野でもある)の影響を受けつつ、極度に悪魔的なモチーフを多用することを特徴とする。
Axxturel本人は「Sigilkore」の定義について、「It's magic」以上の説明をのこしていないものの、「Sigil」とは、直接的には魔術のために用いる紋章を指す言葉である。さらにいえば、この命名には都市伝説「Memphis rap sigils」が参照されていると考えるべきである。この都市伝説によれば、メンフィスのラッパーは成功のため悪魔崇拝儀式にもとづく殺人をおこなっており、その楽曲には実際の殺人を録音した音声が含まれているという。こうしてつくられた音源には印章(Sigil)としての絶大な呪力が込められており、その効力はカセットが再生されればされるほど高まる。もちろん、SigilkoreもSigilである。2020年、Jewelxxet(の、おそらくAxxturel)は「名声を得るため」、当時関係の深かったクルーであるFlexxcultのLil Thraxx(FlexxcultはJewelxxetと近い音楽性をもち、AxxturelとLil Thraxx も、2019年に協同で「HEXXWXRLDORDER」をリリースするなどしていた)に、実際に悪魔崇拝の儀式をおこなうことを持ちかけたという。彼はこれを拒否し、気分を害したAxxturelは4月8日に「#PoserK *FUXK FLEXKULT*」をリリースし、Lil ThraxxおよびFlexxcultを罵っている。
また、Press-Reynolds(2023)によれば、2021年にリリースされた「Ave Domina Lilith」がTiktokでバズを起こした際、彼の曲が視聴者に呪いをもたらすSigilであるとして、モラルパニックが起きた例もあるようだ。これはもちろん「Ave Maria」をもじったタイトルであるが、当然ながら彼の崇拝するのは聖母ではなく、悪魔たる女主人リリス(Domina Lilith)である(それはそうとして、LilithはAxxturelの元カノの通称でもあるらしい)。
個人的にJewelxxetのメンバーで好きなのはihyreu。いいですよね
HexD/Surge
HexDも、Sigilkoreと同時期にうまれた、呪われた(Hexed)音楽である。その起源はtomoe_✧theundy1ngことcargoboymが率いるコレクティブ、Hexcastcrewであり、2019年の、Reptilian club boyz(以下、RCB)のDJミックスである「Rare RCB hexD.mp3」をきっかけにブレイクした。下の動画リンクは「Rare RCB hexD.mp3」(soundcloudに貼られた元曲はすでに削除されている)と、その原曲になったRCBの楽曲をつなぎ合わせた「uncrushed」バージョンである。
「Rare RCB hexD.mp3」というタイトルからも分かる通り、この音源はレアなRCBの音源を呪いにかけた(Hexed)ものである。cargoboymがRCBにかけた呪い(Hex)とは何かというと、それはビットクラッシュである。ビットクラッシュとは、音声のビット深度を意図的に下げることにより、楽曲の音色にノイズを混ぜるサウンドエフェクトの一種である。HexDの本質はビットクラッシュであり、すべての電子音楽はこれを通して呪われる(Hexed)ことができる。
こうしたナイトコア的な起源をもつ音楽が、なぜ悪魔崇拝と混じり合ったのか。その背景として、まずRCBの音楽性がかなり悪魔崇拝的であったことを指摘しなければならない。RCBのHi-Cはキャリアの初期からLil Tracyと交流があったし、Diamondsonmydickは2020年より、SGPのBMB亡き後つくったコレクティブであるVODECiに所属していることになっている(もっとも、このコレクティブに活動実態があるかどうかについては、極めて怪しい)。「Rare RCB hexD.mp3」収録の「Cnt Evn Stnd Up 222」「medusa blood」は悪魔的儀式についての曲であるし、こうしたゴス的美学はHexDにも当然受け継がれることとなった。
HexDが1ジャンルとして成立するに至るにあたっては、Dismiss Yourselfが果たした役割も大きい。変な音楽を集めるYoutubeチャンネルとしてはじまったこのコミュニティは、COVID-19期に爆発的に伸長する。「Rare RCB hexD.mp3」もまたDismiss Yourselfにキュレートされた楽曲のひとつであり、Press-Reynoldsによれば、これは無数のフォーラム・Discordチャンネル・プライベートチャットを通して、陰謀の霞がかった「ヴァーチャルの聖典」に変容していったという。
Dismiss Yourselfが2020年4月5日にリリースしたミックステープ『Surge Compilation Vol. 1』は(この盤は、HexDが「Surge」の別称として定着するきっかけとなった)、コロナ期のインターネットが醸成した不吉な(Hexed)音楽シーンをひとまとめにしたものである。3時間超あるこのテープには、Hexcastcrewはもちろん、Hi-CやLil Tracy、SGP、islurwhenitalkといったすでにある程度の評価を確立していたアーティスト、Fax GangやAero Gros Mといった生まれたばかりのアーティストなどの楽曲も収録され、これをもってHexD/Surgeはひとつのジャンルとしての地位を確立したといえる。
ゴスラップの混淆と現在
このようにして、2020年代初期のSoundCloudはゴスっぽいヒップホップであふれかえるようになった。これまで紹介した曲を概観してもわかるとおり、SigilkoreとHexD/Surgeの美学は同時代的なものである。言い換えるならば、彼らは同じインターネットの空気を吸っている。意図的な音質の低下や悪魔崇拝的美学については先述したとおりであるが、そのほかにも、両者はどちらも当然ながらDigicore(Hyperpop)であるとかDrain gangの影響を受けているし(なんならどれも最広義のhyperpopと言って問題ないと思う)、Y2K的なモチーフの多用、アニメやゲーム、マンガからの引用も顕著である。また、楽曲中に早回しやリバーブのかかった遅回しを挟み、アクセントをつける手法も共通している。
ゆえに、これらのシーンは最初からある程度混淆的なものであった。たとえば、前述の通り、『Surge Compilation Vol. 1』にはJewelxxetのislurwhenitalkの楽曲が収録されているし、逆にAxxturelは自分の音楽性がRCBのそれと混同されることに強い不快感を示している(逆に言えば、両者は往々にして混同されてきたということである)。先に紹介した「HEXXWXRLDORDER」も、Lil ThraxxとAxxturelがRCBを虚仮にする内容である。アーティストがどう思っているかとは関係なく、こうした混淆は、現代のインターネット美学とそこから派生するマイクロジャンルがTumblr的(あるいはPinterest的)な、フォークソノミックなタグ付け・分類・収集により成り立っている以上、自明に起こるものである。
HexD/Surge/Sigilkoreの現状をまとめきる胆力は私には一切ないので、今流行っていると思われる(あるいは私が個人的に好きな)このあたりのアーティストについて少しだけ書いて筆を置く。HexDと呼ばれているジャンルのコレクティブのうち、まだあまりちゃんと触れていないものとしては、PK Shellboy率いるFax Gangがいる。去年の春来日もした同クルーは、HexD的なサウンドを踏まえ、ゴス的な美学に基づく音楽をつくっているものの、音楽性に暗さはなく、むしろシューゲイズ的な雰囲気をはらむ耽美さを感じさせるものである。
耽美系のHexDについて語る上では、illequalはどうしても紹介しておきたい。本人がインタビューで語るよう、彼はビットクラッシュという手法を、「鮮明な像だったものが曖昧に崩れていく」思い出のメタファーと重ね合わせている。(こうした音質の悪さによってノスタルジアを演出する手法は、むしろsignalwaveやmallsoftといったvaporwave派生音楽に比較すべきものなのかもしれない。)
ダークな雰囲気を保ったHexD系のアーティストとしては、Yabujinがいる。Yabujinのスタイルはゴスを越えて秘教的ですらあり、音楽とともに謎めいた動画も作っていた。特に後者については「Yabujincore」の名前でミーム化もしていたらしい。
Sigilkoreの派生ジャンルとしてKrush Club(定着している名称とは言い難いが、便宜上こう呼ぶ)があり、現状このまわりのシーンでは最もリスナー数を集めている。Klush Clubの提唱者はLumi Athenaで、自らの楽曲をSigilkoreと区別するためにこの名前を発案した。ほかにKlush Clubの著名なアーティストとしてはOdetari(もっとも、彼は自分の音楽のジャンル名は「Odecore」であると嘯いている)なども挙げられる。Sigilkoreに強い影響を受けていることに議論の余地はないが、狭義のハイパーポップに影響を受けるかたち(だと思う)で、比較的ポップミュージックとして聞きやすいものになっている。Marluxiamもこのジャンルに入るのではないかと思う。Klush ClubではJersey club的なドラムパターンも使われがちである。
加えて、Krush Clubの隣接ジャンルとしてscenecoreがある。「scene」というのはエモ系ファッションのうちビビッドなスタイルを好む人のことをさして言う言葉らしく、2010年代後半にこうした美学とhyperpopが結びついた結果として生まれたジャンルであるらしい。歴史的系譜からいえばハードコアパンクの影響が強いはずであり、Sigilkoreの影響をどこまで受けているかについてはあまり自信がないが、Spotifyの『Hexxed』プレイリストではSigilkore・Krush Club・Scenecoreらへんの音楽は一緒くたに扱われているように思う。6arelyhumanやkets4ekiが代表格で、このへんのアーティストはKrush Club系のアーティストとよく協働している。
Jewelxxet以外で正統派sigilkoreをやっているラッパーとしては*69、kaystruenoなどがいると思う。私はこのへんの音楽についてはsigilkoreと四で差し支えないと思うのだが、kaystruenoは自分の音楽を「maplecore」と呼んでいるらしい。ジャンルって難しいですね。
以上Surge/HexD・Sigilkore/Krush Club・Scenecoreについてまとめてみました いかがでしたか?
参考資料
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その他reddit(r/jewelxxet, sigilkore, hexmusic, axxturel, ReptilianClubBoyz)各スレ、last.fm・Genius各ページ