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軽い気持ちで見た「メイクアガール」に凄まじい衝撃を与えられた話~初見、映画単体での解釈編~
こんばんは、ナナホシです。
本日は映画「メイクアガール」の感想や解釈を述べて行こうと思います。
まず第一に、ネタバレを多分に含みます。
また、この記事は1月31日に事前情報ほぼ無しで見た際の感想となっています。執筆が遅れてしまい情報が古い物が多いかもですがご容赦ください。
そして、タイトルに『初見、映画単体での解釈編』と書いてありますが、これは映画単体の感想であって書籍などは読んでいない、純粋に映画単体で受け取った私の感想と解釈を述べています。
その為、この記事を書いた後に、後日書籍を買いもう一度映画を見に行き、2週目特典を貰ってから『答え合わせ編』を執筆しようと思います。
そしたらやっと他の方の解釈が読めます。読まないようにTwitterで流れてきてもブクマするだけして流してたんで早く読みたい。
見るまでの経緯
前回の記事で、私は金曜に休みを取り、プロジェクトセカイの映画を見に行ったのですが、その際にパンフレット買えなかったんですよね。
なので不完全燃焼感がありました。
で、パンフレット代が浮いたんですよ。で、帰るまで時間がある。
そして売店に面白そうなアニメ映画のグッズが売られている。
で軽くネタバレにならない範囲で見た方の感想を検索してみたら、何やら普通の映画ではない様子。
じゃアもう見るしかねェ~よなァ~~!!と軽い気持ちでチケットを購入。
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そしたらこれ。いや、「見るもの無いから知ってる作者さんの映画見るか~~」ってふわっとした気持ちで行ったらズシンとした鈍器で顔面を殴りつけられたんですよ。
感想ツイートもちょっとは見てたよ?多分暗めの映画なんだろうな~とはなんとなくわかってたよ?
でもここまでとは思わないじゃん。「オ、ここ中華屋さんなのか~小籠包でも食べようかな~~」って店に入ったらニンニクヤサイアブラマシマシのラーメンを胃にぶち込まれたんですよ。
劇場内そこまで人いなかったんですけど、クライマックスシーンで私があんぐり口を開けて仰け反っていた時、私の2つ左の席に座ってたおじさんもあんぐり仰け反りしてたの覚えてます。
少々自語りが過ぎてしまったので、さっそく本題。感想に行きます。
よくある「人と人造人間の愛の話」だけではない ~水溜明という少年~
まず一旦、あらすじを見てほしい。
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https://make-a-girl.com/
…ここだけを見ると、よくある「人と人造人間の愛の話」という印象を持つかもしれない。というか私も見る前は思った。
だが、この映画が他の作品と一線を画すのは、
『主人公がノンデリカシーハイパーロジハラ人間』である事。
普通に「カノジョのパワーアップはどこ行ったんだよ」「カノジョを作ったのに研究がパワーアップしない……!!」みたいな事言いますからね。
ここだけ聞くとただのカスにしか見えない彼だが、
私は声を大にして言いたい。
水溜明は魅力的なキャラクターであると。
もちろん彼の事が好きじゃない人もいると思うし、彼の行動に怒りを覚えるのはごもっともだとは思う。実際私も邦人と言い合ってる時に上のセリフ言ったシーンで「ほんまコイツは……」と思った。
ただ、そんなどうしようもない人間に見える水溜明の魅力的な所は、そんな『人の心がわからないロジハラマン』なのに関わらず、母親への劣等感、研究がうまくいかないことへの苛立ち、家族のような営みを0号としている時に安心を覚える事など、徐々に人間味が垣間見えてくる点が凄く良いと思った。
ロジックで物を考えるが、心は非常に感情的だ。
そのアンバランスさが人間らしくて良いと、私は考えた。
関係性の変異に見る『明と0号の対比』
さて、『メイクアガール』という映画は明が0号を作る物語なのだから、この記事ではこの二人の関係性について書いていこうと思う。
その為、この二人の対比を時系列順で見ていこう。
なお、再三言っているがこの感想は映画だけを見た時の解釈なので、小説版の描写を見たら全然的外れな事を言っている可能性が大いにあり得る。
なので「オタクがなんかそれっぽいコト言ってらw」程度に流してもらえるとありがたい。
ハイパーロジカルヒューマン水溜明から生み出された0号は、マスターの言う事を聞いて動く受動的なヒューマノイドから、茜や邦人、バイトを通して普通の人を学んでいく。
一方明はカノジョを作ろう!研究をしよう!と能動的に動くものの、得るものは何もなくそこで足踏みしている状態になっていく。
受動的だが確実に階段を上り、感情を学び人間に近づく人造人間、0号と、
能動的だが景色が晴れる気配の無い、ロジカルで機械の様な人間、明。
真逆の位置からお互いの方向を向いて走り出した。
また、0号は邦人に質問された事で何故好きなのか、作られたかそうでないかという問題を考えるようになるも、「そんな事なんだ。そんな事でいいんだ」と捉え、『難しく考えず』幸福になっていく。
初めての恋人で浮かれて構ってほしい!という年相応の女の子のように、
はたまた、新しい事を覚えたばかりの幼児のように、明に会いに行く。
ここでも明は真逆で、研究はアップデートせず、それどころか時間が減りスランプは続く。そこで『難しく考え』てしまい、うまくいかない原因を求めた結果0号などに八つ当たりしてしまう。
ここまでは0号にとっては上り坂、明にとっては下り坂だった。
真逆の位置からお互いの方向を向いて走っていた両者はここで合流し、それぞれ現実を突きつけられる事になる。
0号は自らが作り物であり、与えられたモノである実感を強烈に叩きつけられる。金のメダルがメッキであることを頭で理解しても、その状況を目の当たりにすれば感情は揺れ動くものだ。作られたものだと漠然とわかっていても、人間と自分の分厚い壁を目の当たりにし打ちひしがれる事になる。
一方で明は、自分の作った0号を納得させられなかった。つまり「自分が想定しなかった事が起きている」ので自分はまた上手くできなかった、上手くいかない理由は自らの至らなさであることを突きつけられる。
作り物との区別がつかず、作られていない自分自身の気持ちがほしい0号。
『作り物は抗えない』→『抗えるのであれば作り物ではない』→『抗う事が存在証明』という発想になり、最終的にああいう展開になっていく。
好きを証明する為には、自らの気持ちが作り物ではないことを証明しなくてはならない。すなわちこの子にとって恋愛こそが生きている証であり自らの存在証明なんだと思います。
対して明は、劇中の経験により母さんの借り物ではなく自らの記憶で全部作っていた事に気づく。そして引き継いでいたのは母さんの意思ではなく母さんの代わりの家族、0号だったことに気付く。
研究がうまくいかなかったわけではなく、家族への苛立ちや安心を錯覚していた事に気づく。
ここの気付きでも0号と明は対比になっており、
明は自分を『持つモノ』であることに気づいたが、0号が自らが『持たざるモノ』であると気づいた。
そこから彼らは再びすれ違って、ああなったわけです。
書籍を読む時や2回目の劇場では、この対比に注視したいと思っています。
最終的な0号と明の関係 (明の義手について)
0号は彼女として明が好き、そして恋愛こそが生きた証。
明は家族、もっと言うと「母さんが残してくれた形見」として見てる。
「お母さんのほうがいいですか?」というセリフがあったように、恐らく母と重ねている。
……って言いたいんですけど、明の方はともかく、0号がだいぶ大人しくなってますね。反省したのかな~?なんてのんきな事を言える世界観だったら良かったんですけど。
流石にあの事件があってその後目を覚まさなかった上に、急にいなくなったと思いきや、動けるようになってました。
で「何もありませんでした0号帰ってきましたワーイ!!!」「も~挨拶も無しに抜け出すなんておちゃめさんなんだから~!」とはならんわ。
おっちょこちょいになってたりで色々変わってる。「イメチェンした?」ともならんのや。
もしかしたらこの辺の描写を見そびれたか、記憶違い起こしてるかも。
なので0号→明への感情は今の所読めないですね。ワンチャンプログラムに初期化されたか?それとも何かしらの情報が組み込まれたか?って感じ。
まあでも明が母と重ねている、もしくは母の形見として見ているのは確定とみて良いでしょう。
ただそれでも、もう一つの義手を白にしてるのは0号の『抗った証』つまりは『存在証明』を消さないようにしてるんじゃないか、彼なりに0号に向き合おうとしているのでは?と思っています。
パワーアップしてくれる研究物てはなく、恋愛とかはわかんないけど、大切な家族という認識にはなったので。
そこから二人の関係がどうなっていくのか。楽しみですね。
個人的に不明な点とそれに対する解釈、今後読む時注視したいポイント
・明の研究、なんで急に上手くいった?
→恐らく「母になぞっているだけ」という固定観念から記憶を通じて抜け出し、自らの発想で飛べるようになったのでは?
・海中絵里はどうなった?
→どうなったか不明。彼女がああいう風になったのは稲葉の才能によるものなのか、明によるものなのか、それとも両方だったのか。
・明のやってること大犯罪じゃね?
→それはそう
絵里さんと同じくどのような処置を受けたのか、それとも受けなかったのか。最先端技術すぎて法律がなかったのか?とは思ったけど、流石に交通網狂わせまくってるからな……ここはもう少し考察の余地がありそう。
・邦人なんで彼女とヨリを戻せた?
→わからん。アフターストーリーが気になりますね。
・茜は明のことがなぜ好きなのか
→明かされてないので不明、今の所幼馴染の腐れ縁って感じがしなくもない
ほっとけない感じあるからなのか?
あとソルトと0号の違いについて個人的な意見ですけど、両方とも多少反抗しようとしている時点で結構プログラムに抗ってない?って思うんですよね。ソルトも明のこと気絶させてますし。
なので尚更ソルトとの区別がつけづらい。
人間とソルト、ソルトと0号の区別は書籍読んだうえでちゃんと考えたいですね。
最後に 映画の総評
メイクアガール、改めて良い映画でした。ちょっと描写不足感が否めないので、2に期待。……って言いたいんですけど、結構スピンオフとかepisode0は書籍で出るので、どういう話を2で書くんだ??という疑問はあります。
ただ私はこういうウンウン考えるタイプの映画が好きなのでかなり好印象です。アニメーションも凄かった!ソルト2体の合体と同時に明がソルトに乗り込むのめっちゃカッコよかった。
あと本作の問題、だいたい水溜稲葉の才能のせいなのちょっと笑う。
本人は悪くないんだけど、悪くないんだけども確実に原因ではある。
この母親の話も知りたいな~~!episode0を読むのが今から楽しみです。
後個人的に、ソルトに挨拶したり連絡以外で話しかけてるの0号と茜と明くらいだったのが気になる。0号はどっちに影響されたのかな、それとも明から生み出されたモノ同士のよしみだったのかな。かわいい。
2025年始まったばかりなのに、2025年で一番衝撃を受けた映画ランキング1位が確定した気がします。勿論映画は色んな楽しみ方や面白さがありますが、衝撃という点においては今後なかなか更新される事はないと思いますね。
なのでもう一度見に行こうと思います。しっかりと味わおうと思います。
食べ応えのある良い映画に出会えました。これだから思い付きで映画を見るのはやめられませんね。
それではよしなに。
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