灼熱の走路
本格的カーレース小説と言うのは、どんな内容のものを言うのでしょうか。
菅谷充(すがやみつる)が上梓した「灼熱の走路 第一部」「灼熱の走路 第二部」は、レーサーが有る事故をきっかけに転落していく人生を克明に描き込んで、その後の見事な反転人生でサクセスを勝ち取るまでのストーリーです。
かなり古い本なので、今だったら当然のように出てくるSNSによる誹謗中傷の場面がないのが、かえって新鮮に感じます。
それだけ、今の作家はSNSに寄りかかっているなと強く思わされます。
SNSによって、攻撃する場面はとても書きやすいのは読んでいてとても良く分かりますが、それに寄りかかるのはもうやめて欲しいものです。
このレーサーは、事故によって多額の借金を背負ってしまいますが、これを返済する代償を別れた妻が、身を売って精算したことを後から知り、それによって嫉妬に狂う様が何とも身につまされます。
この部分の描写は、作者はさっと書けたのか、あるいは苦しんだのか、かなり興味が有ります。
それくらい、物語の暗い部分の中核をなすパートです。
そして、レーサーとして再び挑戦し始めると、もともと彼の才能に目をかけていた人たちの支援が、強いムーブメントとなって、彼を押し上げ、今一つ吹っ切れない彼の走りについて、強烈な一撃を加える後輩まで登場してきます。
そして、話の佳境は、インディ500でのレースに向かっていくところから始まります。
このころは、インディ500というレースは、オーバルのレーストラックを、命知らずの連中が、カッとんでいくとんでもなく大味なイメージが日本人にはありました。
それを、作者は、レースの緻密な仕組みやアメリカならではの熱狂を、しっかりとして細かく丁寧に描写して、日本人の固定概念を覆す試みを行っています。そして、それは見事に成功していると思います。
特に、メタノール燃料ならではの怖さなども、活写していますが、それはそれは見事というほかないほどの筆致で迫ってきます。
この小説は、最後の最後に向かってだんだんと盛り上がって行くのは当然として、作者の世界観に完全に取り込まれてしまうことが、心地良さを感じるほどの没入する時間を体験できます。
第一部を読了する時間の半分で、第二部を読了できるような錯覚に陥ります。もし、機会があれば、本を購入して読んでみてください。
この記事が、感動の数%しか表現んできていなことも分かると思います。