19.同人即売会で3万円はたいて達成感を得る人生でありたい
博麗神社秋季例大祭に行ってきました。
まだ戦利品の1つ1つを確認できた訳ではないし、当日その場のローラーからの衝動買いをするスタイルなので、明確なことはわからないけれど、
たぶん2万くらい使いました。
逡巡がなければ、朝から行っていれば、3万溶かしてたかな、たぶん。
最近非常にメンタルの乱高下が激しく、進捗が生めていないこともあり、行くかは結構迷いました。けれども流れでカタログを買い、電車に乗りこみ、サークルチェックを軽く行い、電車がビッグサイトへと進むにつれ、段々と元気になってきました。
「イベントは何回もあっても、同人グッズは一期一会」。
その言葉を吐いた時に気が付きました。ああ、決めてしまえば、そうと動いてしまえば、確かにそれを正当化するように、言葉は湧いて出てくるものと。
カタログを開き、ページを眺め。Twitterで調べ。実際に会場を目にし、レイヤーさんを横目に、島を回る、回る、回る。
お前就職活動でうんうん悩んでるのにいいのか、という朝の病みもどこへやら、気がついたら2万円を吹っ飛ばして、
逆三角形の下を通り、広く広く開けた階段を降りる時に、日差しは差して風は吹き──ああ、これが、達成感と言うのだな、と。
私は、「努力、友情、勝利」で達成感を得る宗教ではない。誰かの達成感の塊に、お布施という形で「好き」を渡して、達成感に包まれた場に浸る。それでもういい宗教の人間なのだ、と思いました。
でも、本当に、そうか?
たぶん今日使ったお金は、出どころとしてはお小遣いであったり、それを貯めたものを崩したもの、だったはず。けれども曲がりなりにもアルバイトは続けているし、自分が稼いだからこそ使えるという気持ちは確かにある。
TLに東方好きのリアル友人がいたから、流れでカタログを買いに行けたし、流れで会場まで行けた節はある。一般参加であれ、コスプレ参加であれ、サークル参加であれ、久しぶりに会えた人間がいたのはかなり嬉しかった。
Twitterの表アカウント(非公開だがリアルと繋がっている)で戦利品画像を上げれば、ふぁぼの1つはついてくれるのではないか。Twitterの公開アカウント(懸賞とかRTしてる)で戦利品の感想ツイをすれば、1つ2つは作者に届いてくれるだろう。
何とか出られる格好にして家から出る。ビッグサイトに向かう、時には開場前凸になる。全身全霊で島を巡り、お金を払い、財布と相談し、エネルギーが切れるまで真剣に向き合う。
それは果たしてただの買い物だろうか?
それは果たしてただの「浪費」だろうか?
アイデンティティ。私が得てきたもの。育ててきたもの。拠り所のように根を張り、寄りかかれるように幹を立てて、光を受けようと、どこかへ繋がらんと枝葉を伸ばして、華やかに花を咲かせているもの。
そういうものではないだろうか?
将来も。
きちんとコミケか即売会か、せめて1回は東方回に顔を出せる、そんな休みを取れますように。
サークルチェックをして、会場に向かい、真剣に向かい合い、体調を崩さず帰る、そんな気力の余裕がありますように。
即売会で3万の散財をしても、多少明日以降の自分にごめんなさいをすることになったとはいえ、それ含めて満足して生きていける、そんな金銭的余裕がありますように。
そして、東方への「好き」を共有できる友人と、これからもこれからも、繋がっていられますように。
この「好き」が、熱意を持って、時に狂気を持って、私の「好き」を作り出してくれたクリエイターに、届きますように。
東方なくして何が人生だ。
……東方なくして、というよりは、
心置きなく「好き」といえる、そんなもの、こと、ひとに、
お金という形を通して、言葉を通じて、
その「好き」を届けられなくて、貢げられなくて、そんな「好き」が湧いてこないような切羽詰まった生き方で、
何が私の人生だ。
そう、思うのでした。
東方Projectは中1の春とか、星蓮船体験版が出たくらいから好きで。
U.N.オーエンを溺れるほど聞き、「精神病棟」「狂気」方面に厨二病を発症しました。ある中学の文化祭では、東方同好会としてCDも同人誌も出していて、羨ましくなった記憶があります。思えば初本編プレイはその時出ていた永夜抄でした(EasyBルート輝夜の途中でコンテ切れ)。
震災もあり、Web体験版をネタバレなしでプレイした神霊廟では、初手1ボス幽々子に腰を抜かし、2面が新規キャラだったので油断したら、小傘に見事に驚かされました。それで友人(というか、その更に友人が東方オタクだったのでついていった)とほぼ始発で夏コミに乗り込み、「ウィダーINゼリーとスタッフの優しさがなければ倒れていた」という状態に追い込まれつつも、なんとか神霊廟をネタバレなしでGet。デザイアドライブにテンションが上がり、2人タッグにてんやわんやしてへにょりレーザーに延々と殺され、5面道中の円形の霊湧きに轢かれ、6面の豪族乱舞で突然喋り出したのにあまりに大爆笑して、初Easyチャレンジは終わりました。未だにExクリアは出来ていませんが、修学旅行で法隆寺に1人「巡礼じゃん!!!」と妙なところで興奮し、のちのちの佐渡旅行で二つ岩大明神は拝んだのでよし。
フランが好きで、原宿に一度行った時は、コスプレ衣装に目を奪われた。当時の自分は未来の自分が、コスプレ団体に入るだなんて思っておらず。一方でこいしも「無意識」に惹かれ、グロに怯えながらこいドキを視聴し(早苗回はしばらくトラウマに)、表紙に恥じらいながら購入したドグラ・マグラは普通に訳が分からず上巻で挫折。心綺楼のストーリーでこいここが響いて、その寂しさと儚さに、こいしが最推しに格上げされました。
大嫌いな世界史の勉強は、「亡失のエモーション」を聴きながら。
現役入試に向かう震えは、「輝く針の小人族」で鼓舞し。
浪人の勉強の捗らなさは、「永遠の三日天下」を聴き続け。
浪人入試は、その先のしんどい授業課題は、「ピュアヒューリーズ」と共に。
そして就活の今になって、「偶像に世界を委ねて」にハマりつつ。
そんな、東方音楽と共に、東方手描き劇場と共にあった、中高時代でしたが、ほとんどそれを共有できる友人は周りにいませんでした。何せ女子校。嵐に韓流にと、リアルアイドルに沸き上がる人がいれば、REBORNに黒バスにFreeに弱ペダに、腐女子も沢山いるけれど、少女ばかりの同人ゲームを愛するオタクなどなかなか見つかりません。だから1人で愛していました。ニコ百に張り付いて、ニコ動を巡回して、音楽を聴いてゲームをプレイして、時には人気投票に参加して。
だから、誰かと、東方やその二次創作への思いを、共有するというのには尻込みし、今もなかなか慣れておらず。それでも今振り返れば、幸せなことだなと思います。
俺魔理沙も。病弱パチュリーとツンデレ/ヤンデレアリスとの三角関係も。PAD長も。ふとましいも。スッパテンコーも。Gも。新参ホイホイも。ニート姫も。オリキャラも。人間大好き盟友も。フルーツ(笑)も。もう遠い遠い昔だけれど。今やMMDの時代、もう東方手描き劇場なんてなかなか観ないし、私自身がニコ動から、少なくとも二次創作ストーリー動画から、かなり離れてしまったけれど。
それでも、東方は続いている。それはあまりに嬉しいことです。
小学生くらいの少女がフランのコスプレをして、母親らしき人と、2ショット自撮りをしている。てゐを着る、スターサファイアを着る。小中学生お絵描きグランプリでは、 レイマリにこいフラ、紅魔郷組がやはり溢れて、それでも「嫦娥見ているか」ポーズの純狐が2人並び、秋だからと秋姉妹がちらほらいて、雷鼓もドレミーもサグ正邪も鬼形獣キャラもいる。
それだけの子どもたちが、きっとそれ以上の子どもたちが。東方が好きだと表明する、東方が好きだとグッズを買う、東方が好きだと絵を描く、東方が好きだとコスプレをする、東方が好きだとイベントに来る。
それはとっても、とっても、幸せなことです。私はしなかったことだから、私にはできなかったことだから。
これからも……これからも、東方と共にあれる人生でありますように。もし私にとってのメインジャンルから離れる日が来ても、その先も、東方が、原作が、二次創作が、続いていきますように。
そのためにお布施をするんですよ。「好き」と伝えに行くのです。それが、創作側にまだ回らない1人のオタクとしての、愛の示し方だと思うので。
だから。仕事が楽しくて楽しくて仕方なくて、仕事が自分のメインジャンルになったら、それはそれで幸せだろうけれど。私も歳を取っていくので、ポケモンがそうであったように、私も東方から手を引く日も来るのかもしれないけれど。
そうではなくて。ただ虚無で。忙しなさに追われて。お金がなくて。毎日潰れそうでなんとか生命だけは食い繋いでて。それで、東方イベントにも行かない、何ならイベントの日程を把握してない、グッズも買う気にならないし原作を追う気にもならなくなる、そんな人生になるならば。……働く意味って、稼ぐ意味って、果たしてそこにあるのでしょうか?