【妊娠の記録⑨】胎動
ななちゃんの、この時点でわかっていた病気については、こちらから。
今日は、ななちゃんの胎動にフォーカスして記事を書いていきます。
ななちゃんの胎動を初めて感じたのは、16wをちょっと過ぎた頃から。
ピクッとお腹で動く感覚があった。
心臓が右にあります、と最初に言われた日よりも前に感じていた気がする。
ななちゃんを出産することになる病院に転院し、最初に診察を受けたときにも、すでに胎動はあり、先生にも胎動がある気がする、と伝えると、まだちょっと早いけどね、なんて言われてた気がしている。
ななちゃんの胎動をどんなときに感じていたか。
まずは、車を運転しているとき。
私は職場まで保育園の送り迎えもあるので、車で30分、往復1時間は車に乗っていた。
そのとき、決まってななちゃんの胎動を感じていた。ドライブ楽しかったのかなぁ。
保育園へ向かう次男にも、よく
あ、ななちゃん喋ったよ〜
なんて声をかけながら、保育園に向かっていた。
また、帰りも車に乗って帰るときには必ず胎動を感じていた。あれは、お疲れ様!ということだったのかな。
主治医の先生には、
車、まだ乗っているんですか?
と言われていたけれど、車がないと不便な場所に住んでいて、仕事もしていたので、7ヶ月後半まで運転していた。
車を運転しながら、ななちゃんと通勤時間よくお話をしていた。
それから、ななちゃんは、夜の絵本を読む時間が好きだった。
次男は、夜何冊も本を読んでとせがんでくる。そのため、毎晩3〜5冊の本を読んでいたが、ななちゃんもこの時間になると、よく動いていた。動き過ぎて、いててててっとなりながら読むこともあった。一緒に本をよく聞いていたのだと思う。
長女も長男も次男も本が好き。あ、この子もきっと本が好きなんだろうな〜って、そう思っていた。
本のブームがころころ変わる次男。
この頃好きだった本をメモしておけばよかったなぁ、なんて今は思う。そしたら、ななちゃんが、どの本を読んでよく動いていたのか、覚えていられたのになぁ、なんて。
そして、夜中。
夜中は、よく胎動を感じた。
胎動で目を覚ますこともあった。
それから、朝。
朝は、横になり、ななちゃんがモニョモニョ〜と動き始めたところで、
おはよう!
と声をかけて、身体を起こす。そして、家事を始める。それが私の日課になっていた。今日も元気だな、さて、私も頑張ろう!そう思っていた。
最後は、職場で働いているとき。たまに。
特に最後の4月の方は、職場(小学校)で子どもたちの声がすると、よく動いていた。2〜3月は、小学校で音楽の授業を担当していて、授業に入り込んでいると、あまり感じなかったが、鑑賞の授業とかではよく動いていた。気持ちよかったのかな、と思う。4月に入ってからは、1年生のサポートだったため、子どもたちの無邪気な声がすると、よく動いていた。一緒に学校に通っていた感覚だった。
前々回記事に書いた、病気のことがわかってから、生きることができるんだ!という希望がもてた反面、これまでの上の子3人のときのように楽しいマタニティライフというよりは、どちらかというと心配が多い、不安なマタニティライフだった。無事に産まれてくるか、心臓はきちんと育っているか、大動脈弁狭窄や肺動脈弁狭窄が、思っていたより重症だったらどうしよう、NICUに入った後私はきちんとこの子を育てることができるのか、そんなまだ見えぬ不安でいっぱいだったと思う。
でも、胎動を感じるとき、このときは何よりも幸せで、あー、お腹の中で一緒に生きている。今日も元気に頑張っている。
特別な心臓でも一生懸命成長しているんだ。
お腹の中、楽しくて気持ちよいんだろうなー。そう思うと、とても幸せだった。