誕生死を経験した私の職場復帰②

職場復帰について


ちなみに、私の職業はこれまでの記事や自己紹介にも書いてあるが、小学校の教員である。

これまでの働き方については、ちょこちょこ書いていたのだが、昨年度末まで2年間は3,4年生の音楽専科と特別支援教室(週1時間の個別指導を5組ほど)を担当していた。
なので、担任として1クラスもっていたわけではないので、言うならば広く浅い付き合いを子どもたちとしてきた感じである。


ここまできて、書くことがストップして、忙しい毎日に消えていました。


さて、今日は職場復帰をしてから、およそ3週間。
ずっと書きたかった職場復帰の心情を書こうと思っています。


まず初日から3日目ほど。
とにかく人と話すだけでも涙が出そう。
職場の人は、優しくて気遣いができる人が多く、私の誕生死については全く触れてこない人がほとんど。
でも、廊下とかですれ違うときに、

またよろしくお願いしますねー!

その、また!が仕事を休んでいたことを連想させる。仕事を休む前を連想させる。

それだけでちょっと辛かった。

この4月、ちょうど七奈ちゃんを産む前に、同じ大学だった同級生とたまたま同じ職場になった!

おおよそ10数年ぶりの再会であるし、友達の友達は、その子っていうパターンもあるくらいの中だったので、その1ヶ月は親しくしていた。でも、お腹の子の病気のことは伝えていなかった。

そんな彼女と5ヶ月ぶりの再会を果たしたとき、やっぱり私は自分が辛くなるのが嫌だったので、少し避けていた。
彼女は、自分の席から目を合わせて、
またよろしくねー!!
と明るく、アイコンタクトをして手を振っていたが、軽く会釈する程度。もうどう接していいかわからない状態だった。

その日、たまたま帰宅時間が彼女と重なって、靴箱まで追いかけてきてくれた。
私は、呼び止められ、何を話していいかわからなかったし、ちょうど空が夕焼けに染まっていて綺麗だったので、

見て〜、すごく綺麗な空だよ

と、無難に話を逸らそうとした。
でも、彼女は、

あの、、、なんて言っていいかわからないんだけど…

と真実に触れようとして、お互いに泣いた。
でも、職員玄関での、そのほとんど言葉のないそのやりとりで、あー、彼女とはきっとこれからもうまく付き合っていけるなって、そう思った瞬間だった。


またある日のこと。
職場の方の、父親が亡くなった。
職場では、親和会と言って、毎月職員みんなが積立して、お祝い事や弔辞があったときに、お祝い金や、弔慰金を払ったり、お花をお葬式に出したりしている。出産に関しても、だ。
なので、職場の方の、父親のお花の手配をしたか、そういったことで、隣の席の人が、同僚と話していた。

その横で、ふと私が思ったこと。

それは、私は、出産もした。大切な我が子も亡くなった。でも、職場の誰からも祝福もされなければ、弔慰金を渡されたわけでもない。お祝いもされないし、悲しみもされない。全て無かったことになっている。
そういう事例は、滅多にないことなんだってわかってはいるけど、お父さんを亡くしたことと、大切な我が子を亡くしたことの、何が違うんだ…同じ身内が、一親等の親族が亡くなっているのになって、そう思った。


最後に。
最初の1週間は、これまで関わってきた子どもたちと廊下ですれ違うたびに、

久しぶり!

どこ行ってたの?

そんなことを話しかけられた。

中には、

赤ちゃん、産まれた?

っていう声かけも、たくさんあった。

子どもは、何も知らされてないし、何百人という子どもたちに一斉に報告することもないし、と曖昧なまま戻っているので、無邪気に思ったことをぶつけてくる。

その度に、丁寧に?

赤ちゃんは、産まれたよ。でも、お空にかえっちゃったんだ。


と話をした。泣きたくなるのを我慢して…

この話はまた今度。

今日もまた1日頑張りましょう!

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