【連載小説】純文学を書いてみた2-2
ロゴがMONGOL800みたいと今気づきました。
この物語はフィクションです。そういえば。
そんなわけで…よろしくお願いいたします。
前回……https://note.com/sev0504t/n/nb4c9af8a6cf4
-- -- -- -- -- -- -- -- -- -- --
「すみません。またお世話になることも多いと思いますがよろしくお願いします」
いつもの倍以上の滑舌の良さで父が挨拶をした。
「あ、息子です。おい、こちら尾村さんだ。尾村先生のほうがいいかな」
父は僕の肩を軽くぽんとたたいて、その先生と呼ばれた人物に会釈した。
「は、はじめまして」
僕は視線をどこに向けようか戸惑った。昔からだ。初対面の人には。
それ以上に父親に紹介された自分がなんだか別の人間のような気さえした。
「こんにちは。もう大学生になったのね。私、あなたがまだこーんな小さいときに一度会っているのよ。そうね、まだ三歳ぐらいだったかしら」
このくらいと手であらわしたその背丈は五十センチほどだった。
そういわれるとどこかで会ったような気がしないでもない。その少し濃い化粧も、黒を基調とした服の着こなしも、どことなく懐かしさがあった。歳は五十過ぎといったところかもしれない。眼のしわが印象的で笑うと同時にしわも笑った。
父と同じか少し年上なのか。いずれにせよ父と親しい間柄であることは確からしい。左目が少しだけ上を向いていた。
僕と父は職員室のような部屋の一角に案内され、茶色いソファーに座ると熱いコーヒーをご馳走になった。
静かだった。
机が二列に並べられた部屋のスペースには僕と父と尾村さんしかいない。
「よいしょっと。頼まれていたのはこれね」
尾村さんの持ってきたダンボールには2種類の色のバインダーにおそらく専門書であろうものがたくさん入っていた。また新たな壁のタイルが増えるのだろうか。
「これって何ですか?」
つい言葉が出たことに自分で驚く。
「何だと思う?」
「専門書とかですか?」
「それもあるけど、あとは新聞ね。重たいけど若いんだからしっかりお願いね」
ぱらぱらとめくってみたけれどやっぱりそこには不思議な点の世界が広がっていた。点で描かれた図のようなもの、点と線が織り成すグラフ。そして無数の6点の文字。
「今日はあれやってないんですか?」
父は光のほうを向きながら言った。
「やっていると思うわよ」
尾村さんは一口珈琲を含み、気がついたように言った。
「そうだ、よかったら見てきたら」
尾村さんは僕にそっと窓の向こうを指した。何があるのだろう、積極的に気にかけることはしなかったが、父と尾村さん二人だけで話したいこともあるのだろうか。
タバコも吸いたかった。
「ちょっと覗いてきます」
誰に向かって言うでもなく、僕は席をたった。
細長い棟が3つある。教室は自分が知っているそれとは違って一つひとつ小さい。
神経が模型のようになった教材がいたるところで目に付いた。テレビのようなものは拡大して本を見る機械と想像がつく。1階には治療院もあるようで、待合室だろうか、茶色い長いすがぽつんと置いてある部屋があった。3階建ての校舎にはまったく人の気配がなく、廊下にはなにも置かれていない。生徒数は、机の数を考えてもそんなに多くはなさそうだ。40人、いやもっと少ないのかもしれない。喫煙所がなさそうなので僕は外に出ようと思った。
外に出ると昔どこかで嗅いだ覚えのある里山のにおいを風が運んできている。仙台にある母の実家でかいだようなにおいだ。一度しか行ったことはないが、なんとなくそんな気がした。
その時、グラウンドのほうから金属音と、一瞬の歓声。手をたたく音が聞こえてきた。生徒が何かやっているんだろう。そのくらいに思った。とりあえずタバコに火をつけ空を見上げる。どこか不思議なこの空間になじむ空の青色に、悪い気持ちはしなかった。
父が若かりし頃学んだ場所。
でも、やっぱりそこには僕と父がつながるには、この踏みしめたアスファルトとみあげた空のような広がりがあったし、この均衡を瓦解させることは、すべてを同化させるような理解が求められるような気がした。
タバコの煙のようにすべてを遠いところに吐き出そうといつもよりも深く吸った。
そして吐いた。
その感慨で僕は背後に人が近づいていることに気がつかなかった。
つづく