【連載小説】純文学を書いてみた2-1
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長男(7才)の将来の夢は「6cmになること」らしいです。
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朝からの寝覚めはいつもの天井。
角度ある朝陽が肌を突き刺すほどにまぶしく、空は午後の抜けるような青色を想像させた。天気だけはよさそうだ。
父はまだ寝ているようだったので朝食の用意をし、一週間たまった洗濯を旧式の二層式洗濯機に詰め込んだ。これも父が全自動洗濯機だとよくわからないからとリサイクルショップに何度も電話をかけて手に入れたものだった。その感覚が分からなかったが口に出して父に尋ねるほどのことでもないような気がしていた。
母がいない光景。変わりのないはずの空間がそこにはあった。玄関、リビング、台所、洗面所、治療院、そして僕の部屋と父と母の部屋。すべてがなにか大昔に証明されたような神秘的な定理を有しているような気がしてきた。
そういえば模様替えなんてことは一度もなかった。この家のすべてが父の一部であり、台所の乾いたスポンジやらスプーンにフォーク、やかましい音を立てるやかんまでもが父にとっての末端となる枝葉のような気がしてきた。
朝の日差しは柔らかさを増し、やかんは今にもけたたましい音をたてんと構えている。久しぶりに二人分のコーヒーを入れた。だいぶ日がたったコーヒーなのだろうか麦茶を煮詰めたようなコーヒーだった。
「わるいな、洗濯してくれたか」
「コーヒー飲む?」
「わるいな、ありがとう」
おきてくると自分の指定席を探り当て、何度も父は顔を片手でこすり、頬を二回軽くたたくと手を伸ばした。僕はカップの取っ手を父の差し出した手にあわせた。何気ない一つ一つの動作が新鮮で真新しい気がする。
コーヒーを父が一人で入れることができないわけじゃない。たいていのことは器用に何でもやってしまう。そうではなくて、途中から何かを任せることが難しかったのだ。僕のいれた不味そうなコーヒーを父はすすった。
「この濃さがいいな」
つぶやいた一言が湯気に隠れて消えた。
あの夕暮れの帰り道以来かな。
僕たちはバスを乗り継いで一時間少し。父の母校にたどり着いた。
国道から二本ほど入った場所にひっそりとその学校は建っていた。周りは南側を田んぼまじりの住宅地に、北側は山肌が見えるほど山に近い。静けさに囲まれた別世界のような印象だ。正面玄関には創始者の銅像と学校の看板。「盲」という漢字のもつストレートさに残酷さを感じた。決していい字ではないなと僕は思った。
玄関から左右に廊下が続いているのがガラス越しに見える。休日ということもあって誰もいる様子がない。学校というよりは病院に近い印象を受ける。
父は携帯電話を取り出し、顔の近く1センチまで持ち上げて11桁の番号をゆっくり一つ一つ確かめながら押した。
「あ、どうもすみません。私ですが、今正面玄関にいます。よろしくお願いします」
身を低くして電話相手が今そこにいるかのような態度で丁寧に父はしゃべった。
空は青く、北側の山からは小さな奇妙な形の雲が時々顔を出した。変な形だ。ユーラシア大陸のような雲が出てきたと思ったら今度は大きなイギリスの形をした雲が顔を出した。
どのくらいだろう、十分ほど過ぎて細身の中年女性が左の廊下から現れた。
「よくきたわね。大変だったでしょ。とにかくあがんなさい」
つづく
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『こんな学校あったらいいな』を書いてみた
短編?なのかな。よろしくお願いいたします。