【連載小説】私小説を書いてみた3-4
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理世
僕と理世は僕のアパートの部屋にいた。
錆び付いた冷たい玄関扉に身体をあずけるように立つ理世が、来てしまったもののどうすればよいかわからず無言でいるようにも見えるし、もともと必要ない会話には興味がないようにも見える。前者ならば二人で同じ時や場所で何かをしたという経験そのものが不足しているんだから致し方ないと僕は妙に冷静に考えた。
冷たい夜の空気に押し出されるように、そのまま電気ストーブのスイッチを入れる。小さなアパートの一室に電熱線から出た焦げたような臭いが漂った。
理世は前からこの空間にいたことがあるような振る舞いで僕に続いて靴を脱いだ。背にあるナイロンのギターケースを下ろすと奥の部屋に進もうとしている。僕は先に進んで、部屋の明かりもつけず、散らかった部屋をとりあえず片付けようと屈みこんだ。
次の瞬間だった。「あっ」と何かを見つけ、呟いた彼女は、突然僕の背後から腕を回し抱きしめた。
「たくさん、抜けちゃったんだね」
思いがけない彼女の行動に、こめかみを射つような衝撃と、瞬間に思い出された影像が何枚ものスクリーンになって脳裏にフラッシュバックする。まばたきに応じそのシーンは次々と入れ代わり、また白く光を乱反射させた。ギターが派手に転がり、血が滲んだ拳を見つめる僕と、その向こうで真剣な顔で語りかける彼女は、アパートを出ていった理彩だろうか。
気がつけば視界は涙で曇り、後ろから身体を寄せた理世の温もりが伝わってきた。
「恐くなかった?あんなに抜けて」
僕は返す言葉が感情に追いつかなくて、理世の方を向いた。そして、彼女の両手を握りしめ、ただ顔を伏せた。
どれくらいだろうか。自分の感情が整うと僕は「もう大丈夫だから」と小さく答える。
もう一度そのまま僕を包むように理世は抱きしめると、今度はそれに答えるように僕も腕を回した。
僕が被っていたオーガニックコットンのニット帽を理世はやさしく取った。そこから髪の毛が何本も顔を伝って落ちるのがわかった。
玄関の薄明かりに照らされて二人の息が白く見え、それは量を増して混じり合う。僕は彼女の服を脱がすように彼女のロングのウィッグをゆっくり取った。ウィッグの下にあるネットの帽子を被った赤子のような彼女の姿は、幼く見えて、それでいて無垢のオーク材のように艶やかだった。「電気、消して」彼女は呟く。
僕が玄関のわずかな明かりを消して戻ると、ベッドに理世が座っていた。頭と身体を覆っていたものをすべてとって、毛布を羽織るように身体にまとっていた。
窓の隙間からわずかに漏れた光に照された彼女はこの世界とは切り離されたような、何か異なる世界を感じる妖しさと美しさがあったのだ。そんな浮世離れした世界へ手招きするように彼女は僕を引き寄せ、僕の首から唇を移していった。
時折抜けた髪の毛が、お互いの口に入っては、僕らは頬を寄せて笑って、そしてまた唇を重ねた。何かの不確かな信託や、整えきれなかった感情が妙に動物的になってその場の空気に従っていく。哀しみや、悦び、虚栄や孤独を混ぜこみ、今日のこの日の辻褄をあわせるように、僕らは温もりを求めあい、抱き合って、泥のように眠った。
眩しさに起きると彼女の姿はなかった。もう時計は8時を指している。「反則だ、そりゃ」僕は心のなかで呟いた。
身体を起こした瞬間、頭に痛みが走る。朝の刺すような日差しを感じ、同時に昨晩の理世の姿が幻のように思われた。わずかにベッドには彼女のウィッグの長い髪の毛と、シーツには甘酸っぱい香りが残っていた。僕はベッドに顔を埋めて昨日のことを反芻するように確かめた。
思い出したように、ホームセンターで買ったバリカンの包装を無造作にはがして、僕はいつもの小さなテーブルに置いた。自分でも笑うほど不釣り合いな、レジャーシートをひいて準備が整った。
11月22日、こうして僕はスキンヘッドになった。
つづく