母の誕生日
今日は母の誕生日です。
私にとっては憂鬱極まりない日です。
私の母は、私に関して過干渉で、精神的依存が強く、自分の理想通りにならないと、私に癇癪を暴言に変換して気がすむまでぶつける人です。
だから母はいつも不幸せそうにしています。
幼い頃から、母が望んでいることを探り、母が望むタイミングで、母の望み通りのものを出すことが求められ、そうでなければこっぴどく怒鳴られるか、いかに私の選択が間違っていて、いかに母の考えが完璧で正解かということを聞かされる、という世界で生きてきました。
それは誕生日プレゼントも然りです。
成人してから迎えた誕生日に、母は足が悪くいつも杖をついていて、お出かけ用のリュックを欲しがっていたので、デパートでブランド物のリュックを買って、プレゼントしました。
「ブランド物が欲しい」とも言ってたので。
プレゼントを受け取り、中身を見た母は、開口一番
「あんたなんでこんなもん買ってきたん?
お母さん、現金がよかったわ」
「けど私、お母さんがリュック欲しいって、ブランドのいいやつ欲しいって言いよったけん、半日デパート歩き回って探して選んだんよ」
「は? これだってお母さん好かんもん。
こげなもん買うげなお金がもったいなか。
なんでこげなもん買うんやったら現金くれんの?
こげなもんよりもっと良いリュック、お母さん持っとるよ。ほら、あれよりお母さんのリュックのほうがずっと良かろうが?」
自慢で取り出したリュックは、今なら雑誌のおまけで付いてるようなチープ品で、結局その日、母の口から「ありがとう」は出てきませんでした。
それが母の常なので、今でも母に関しての行事はどれも苦痛です。
私と同じような環境下で過ごしてきた方には、凄く共感していただけると思います。
かといって、母は足に障害を抱えており、他人に自分を委ねることを嫌っているので(理由:金銭的事情と私以外自分の理想通りに動いてくれる人がいないため。離れても、母に何かあったとき一番に呼ばれるのは長女の私)物理的距離をとるにも限界があります。
そんな時、私の心理的負担を軽減するツールが登場しました。
LINEです。
LINEが登場するまでは、朝に母から頻繁に電話がありました。
一日の始まりに母の愚痴を聞かされるのはしんどかったです。
「生存確認に、毎日LINEでスタンプを送ろう」と、母からの提案で始めたのですが、「おはよう」「がんばろう」のスタンプはイラストがポジティブだから、視覚でお互い気分が上向きになるし、スタンプだから、文章ほど感情を乗せなくていいし、何より朝から母の声を聞かなくていいんです。
たまに呼び出しがありますが、それでも頻度は激減なので、心が軽いです。
人には「パーソナルスペース」といって、自分と相手が心地よく接するのに適した距離、があります。
親しい人なら密接になり、不快な人なら離れます。
パーソナルスペースは人各々なので、私のように親子間に問題がある場合、親とかなりの距離をとらないと、親と穏やかに接することが難しかったりします。
お互いに「程よい距離」が見つかれば、極論で断絶しなくても親子関係はうまくいく、と考えています。
そのひとつがLINEかなと。
今日は母に、おめでとうと文章にしたためてLINEしました。
私にとっては、おめでたいとか、そんなのどうでも良いことですが。いいんです、いちいち感情込めなくても。母の誕生日に、おめでとうを伝えたら、それで充分なのです。
週末に会うので、わずかですがお小遣いをあげようと思います。
もちろん添える感情はありません。