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【小説】記憶を覗く小説家ゼロ〜はじまりの思い出〜

 こちらの小説は『記憶を覗く小説家』のプロローグ部分に当たる話です。
(本編よりも後に書いたことは内緒です)
 pixivにも掲載しております。



本編

 記憶の神(わたし)は生まれ持って、役目があった。
それは人々の記憶を保管した館の管理だ。
記憶と言っても千差万別───歴史や言い伝え、過去に起こった出来事、思ったこと、ちょっとした出来事など様々だ。
人類の歴史に大きく左右する出来事には介入できない。人類の歩みを邪魔することになるからだ。代わりに個人の出来事、思い出、記憶に介入することは許されている。
 記憶の管理の他にも人々の忘れてしまった記憶、もとい思い出を思い出す手伝いをしている。
人類が誕生してからやっている行為で、最初の頃は驚かれつつもありがたがれた。
 次第に近代化するに連れて、恐れられるようになった。
何故か見当がつかなかった。ので、館へ呼んだ一人の人間に聞いた。
「何故、記憶の神(わたし)を恐れる?」
一人の人間は「望んでもいないのに突然、知らないところに来させられて、思い出したくもない記憶を思い出させられるからだ!」と答えた。
人間は記憶の許了範囲を超えると忘れる生き物だから、許了外の記憶を思い出させてあげるのは善性がある事だと思っていた。
加えて、同意がなかったから憤慨しているのだと後々気がついた。
 同意があるのならば、激怒しないのだろうと考えた記憶の神(わたし)は人間界の酒場で探すことにした。
 何故酒場かと言うと、人間は酒を浴びるほど呑むと記憶を失くす生物で、飲酒状態だと常時よりも警戒心が薄いので打って付けだ。

   ◇ ◇ ◇

 実践に移した酒場は都内某所の居酒屋。こじんまりとしたカウンターしかない狭くて古さを感じる店だ。
店内に入ると既に出来上がっていたポニーテールの女性が居た。
 幸いにも記憶の神(わたし)に恐れることもなく、何気ない会話を交わした。
彼女曰く、大学で人類学を教えている準教授らしい。
「何か、思い出したい記憶とかあったりする?協力するよ」
記憶の神(わたし)がそう言うと、彼女は「ん?ないで〜すよぉ〜。あっでもわたし(マキノさん)忘れぽいのでその時お願いしますぅ」と言っていた。

   ◇ ◇ ◇

 次に会ったのは日比谷誠だった。
誠はチェーン店の居酒屋でヤケ酒をしていた。ヤケ酒の理由は見当がつく。
「呑み過ぎは良くないと思うぞ」と恐る恐る言ってみた。
すると、「だって、聞いてくらさぁいよぉ」
酔っ払った誠が飲み過ぎている理由を聞いてもいないのにペラペラと教えてくれた。
飲み過ぎの理由はやはり、彼女に振られたからだった。記憶の神(わたし)は振られた真意を知っている。
しかし、今手助けをすると良くないことも過去の経験で身に覚えがある。
「まぁ、災難だった。吹っ切れた時にでも手助けするよ」と言い残して誠の元を去った。

   ◇ ◇ ◇

 最後に会ったのは売れない作家の川瀬透。
老舗の料亭で出会った。
特にこちらから何も話しかけてもいないのに話しかけてきた。
彼女は小説家でデビュー作でヒットしてから、何作か世に放ってもヒットしなくなって困っていた。俗に言う一発屋だった。
「そうか、よかったらネタ提供させてくれないかい?」
透は食いついたようで「もちろん!ネタならなんでも!!」と言ったので、記憶の館へ招待した。 突然の招待は常人は嫌がるが、詩人や小説家などの物書きは奇妙な体験を好む傾向がある……完全なる偏見だ。
透は興味津々で館を散策していた。
散策し終えた透は記憶の神(わたし)に問う。
「川瀬透(わたし)というちっぽけな人間にここに連れてきてくれたんだ?」
「面白そうだったから。透は怖くないのかい?記憶の神(わたし)が恐ろしくないのかい?」
透は迷うこともなく。
「色んな人の記憶が入り混ざっている空間(ここ)は失礼ながらも楽しいよ。
他人(ヒト)の人生を覗き見れたみたいな気持ちになる」
初めて記憶の神(わたし)と同じ意見の人物に会えて嬉しかったのか思わず予想もしていなかったことを漏らしてしまう。
「良かったら、ここ貸すよ。
小説に役立ててくれ」
「いやいやいや、いかにも神聖な場所をいち人間に貸すのはどうかしていると思うぞ」
透は首を横に振り、提案を断った。
「では、私の手伝いをしてくれないか?」
「あぁ、是非とも手伝わせてほしい」
記憶の神(わたし)は音を立てながら手を一度叩く。

   ◇ ◇ ◇

音が鳴り止むと、記憶の館から小さい公園へ瞬間移動した。
透は何が起こったのか理解不能になったのかキョトンとしていた。
公園は滑り台とブランコと砂場がある至って普通だ。
滑り台を滑る子供やブランコに座っている中高年男性、バケツを使って砂山を創る5歳くらいの少年が居た。
「ところで、どんな手伝いをすれば良いんだ?」
先程まで驚いていた透の切り替えの速さに少々の興味と関心を持ってしまったが、その事を口に出さずに質問に答える。
「記憶の神(わたし)が招待した人の忘れた記憶もしくは思い出したい記憶を思い出させる手伝いさ」
「んで、具体的にどうすれば───」
透が言い終えるより前に透の目の前を横切る少年が小石に躓いて転けてしまう。
「おい、坊や大丈夫か?」
少年は透を無視して、そのまま立ち上がりその場を去ろうとしていた。
「ちょっ、バケツ忘れてるぞ!」
透は反射的に少年の肩を掴んでしまった。
掴まれた少年は大量の原稿用紙となって崩れてしまった。
「えっ、ええ……こんなつもりじゃ」
透は突然のことで慌ててしまった。
記憶の神(わたし)は二度手を叩くと、その場に居た透と記憶の神(わたし)以外の人間が消えた。
「説明不足ですまない、今回は転けた少年の記憶。記憶の神(わたし)が許可した人以外は記憶の中の住民には干渉できないんだ。
触れると紙になって崩れる」
透は崩れた原稿用紙を拾おうとしたが、そこには既に原稿用紙はなく、代わりに一枚の写真が落ちていた。
「手を一度叩けば、記憶の主に関する場所へ。二度叩けば、記憶の中の住民を呼び出せる。三度叩けば、記憶に残っている寝泊まりができる場所、又は住まいへ行ける」
記憶の神(わたし)がこの空間のシステムを言い終えてから、手を三度ほど叩いた。
 小さな公園からマンションの一室へ移動した。
「質問はある?」
「いや、質問しかないよ。つまりこの空間に招待した人の何かしらの記憶を思い出させる手伝いをするのはわかった。
部外者が干渉できないこともわからないがわかった。それでこの写真とここはなんだ?」
透が早口で捲し立てるように話すのが終えるのを待った。
捲し立てる理由もわかるが、透が非日常をすんなり受け入れていることに戸惑いながらも現状の状況を説明する。
「その写真を挟めば、さっきの場所へ移動できる。ここは記憶の主の自宅だ」
透が立っている位置はちょうどリビングのフローリングであり、土足だった。
透が土足で家に踏み込んでいることに気がつくと同時にソファーに座っている少年の存在に気がついた。
「お、おばちゃんたちだれ?」
記憶の神(わたし)は指パッチンしてから透に指示をする。
「これで透も干渉できるようにした。
さぁ、先程の写真を挟め」
透は言われるがまま、写真を両手に挟んだ。

   ◇ ◇ ◇

 透と少年は先程の小さな公園に移動した。
後から飛んできた記憶の神(わたし)は少年に言う。
「少年よ、砂山で使ったバケツはどこにやった?」
少年は「うーんと」と考えながら呟く
「えーっと。山作った時に使って、それから……」
少年が砂場に放置されたバケツを見て気がつく。
「そうだ!わすれちゃったんだ!!
おばちゃんたちありがとう」
「どういたしまして、もう忘れるんじゃないぞ」
「うん!!」
少年は軽く一礼をした。透は改めて写真を見つめる。写真にはバケツを使って砂山を創る少年が写っていた。
「一連のやり方はわかったが、何故坊やに干渉ができたんだ? あれが記憶の主なのか?」
「飲み込みが早いな、感心する。
そうだ、今回の記憶の主だ。勘がいいな」
言い終えてから指パッチンすると、少年を元の世界に返してから記憶の館へ移動した。
「大体の流れはこんな感じだが、頼んでもいいか?川瀬透よ」
「名前を知っているかについては言及しない。だが、名前を教えてはもらえないだろうか?名前を一方的に知っているのは平等ではないだろう」
透の方が一枚上手だったのか、単に口八丁手八丁なだけかはわからない。
「手伝いに同意したとみなす。
私の事は記憶の神(ムネモシューネ)と呼んでくれ」
記憶の神(わたし)は片手を差し出す。
透は差し出された手を握り返して言う。
「あぁ、よろしく頼むよ。記憶の神様」

   ◇ ◇ ◇

 それから透には定期的に手伝いをしてもらった。幾分経って、透が記憶を題材とした『ユートピア』という作品を書き上げてヒットした。
作品がヒットする事は嬉しいが、用無しになってしまわないか不安だった。
 透が手伝いに来た時に尋ねた。
「小説がヒットしたそうだな、おめでとう」
透は嬉しそうに自身の小説を渡してきた。
「どこまで知ってるかはわからないが、是非とも読んでくれ」
小説を受け取ったが、やや複雑な感情だった。
「記憶の神(ムネモシューネ)のお陰で書けたんだ。私達で書き上げたと言っても過言ではない」
透に手伝いを強要するのを辞めようか悩んでいたが、透の真意を聞いて考えを改めた。
「読ましてもらうよ。
透、これからもよろしく」


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