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【エジプト王名解説 18-13】 トゥトアンクアメン

このページでは、古代エジプトを代表する美術作品「ツタンカーメンのマスク」の主として知られる、エジプト史上最も有名な王の一人、トゥトアンクアメン(通称ツタンカーメン)の王名について解説します。

記事ヘッダー画像ライセンス: Uploaded by MykReeve, licenced as CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons. File name is "Tutanchamun Maske.jpg".

概説

トゥトアンクアメン(ツタンカーメンとも)は紀元前1336~1327年頃に約9年間ほどエジプトを統治しました。即位時には10歳にも満たなかった少年王だといわれており、私たちが見る有名な「ツタンカーメンのマスク」にも青年の面影が見て取れると思います。

ツタンカーメンの時代はちょうど父王アクエンアテン(アメンヘテプ4世)がおこした国家神をアメン神からアテン神に変える宗教改革の影響で国は混乱していました。アクエンアテンが死去したのち、ツタンカーメンは大臣アイと将軍ホルエムヘブの補佐の元、逆に国家神をアテン神からアメン神に戻す信仰復興に努めるのですが、おそらく複数の病気の合併症によって20歳にならずして(諸説あり)死去しました。

のちにこの時代「アマルナ時代」に属する王(ネフェルネフェルウアテン、アクエンアテン、スメンクカーラー、トゥトアンクアメン、アイ)はすべて歴史から抹消されてしまいますが、それが逆に幸いし、ツタンカーメンの墓は1922年にハワード・カーターが発掘するまで実に約3000年の間盗掘からまぬかれていたのでした。

前書き

「エジプト王名解説」シリーズの前書きをまだ読んでいらっしゃらない方はこちらを先に読まれることをお勧めします。

五重称号

五重称号とは、エジプトの王であるファラオが持っていた5つの称号のことです。


上から順に、ホルス名、ネブティ名、黄金のホルス名、即位名、誕生名。五重称号の詳細に関してはウィキペディアの該当項目を参照ください。

ホルス名


右下の三本線は複数形を明示する際に用いられます。今回は女性名詞msの複数形語尾として、.wtと書きました。

翻字: kA-nxt, twt-ms.wt  
英語化: Ka nakht, tut mesut(カア ナクト、トゥト メスウト)

kAが"bull", nxtが"strong"でkAを後ろから修飾していると思われます。よってkA-nxtで"strong bull"(強い牡牛)という意味を持ちます。なお、このkA-nxtという称号は新王国時代の他の王にもよく見られます。
twtが"image", mswtはヒエログリフを見ると、動詞msiが名詞化した?(怪しい) 女性名詞ms "birth"(誕生)の複数形である可能性が高いと私は考えています。エジプト語には男性名詞と女性名詞の区別がありますが、男性名詞が複数形になるときは.w、女性名詞の時は.wtを語尾につけます。詳しくは吉成 (1999) p.38を参照を。よって、"births"となります。

翻訳: Strong bull, the image of (re-)births(mswtの解釈はLeoprohon 2013, p.106 に拠りました)。

ネブティ名

φは決定詞を表します。決定詞に関しては宮川・吉野・永井 (2019)を参照。

ヒエログリフ注:途中にあるφはガーディナー記号Y1で、書物や抽象的概念に対する決定詞です(吉成 1999 p.172)。今回はhpが決定詞の対象です。
右上の謎の"a"は分かりませんでした。
tA.wyの下にある文字二つはガーディナー記号N21で、土地に対する決定詞です。今回はtA.wyが対象です。

翻字: nfr-hp.w, s.grH-tA.wy  
英語化: Nefer hepu, segereh tawy(ネフェル へプウ、セゲレフ タアウィ)

nfrは最頻出形容詞の一つで、"Perfect"または"Beautiful"と訳されます。ここでは、前後のつながりを見て"Perfect"と取りましょう。
hp.wは名詞hp "law"の複数形です。「完璧な法律(を制定する者)」というニュアンスが含まれていると考えます(それならなぜ、制定の意味のmnがないのかと疑問に思いますが)。
s.grHですが、複数の辞書を照合したところ、私は動詞grHの使役動詞である可能性が高いと考えています。動詞の前にs.がつくと、その動詞は使役動詞化されます(重要)。よって、"quiet down"ととります。なお、動詞grHが王の称号の一部として使われる例は、私が見た限りエジプト3000年でこの1例だけです。Htpが同等の意味を持っているので、それで代用されたのかもしれません。
tA.wyは名詞tAの両数形です。これ丸ごとで"Two Lands"(二つの土地、すなわち上下エジプトを表す)と訳します。超頻出で、嫌というほど出てくるのでここで覚えましょう。

翻訳: The one with perfect laws, which has quieted down the Two Lands 

黄金のホルス名

音声補字に関しては宮川・吉野・永井 (2019)を参照。

翻字: wTs-xa.w, s.Htp-nTr.w
英語化: Wetjes khau, sehetep netjeru (ウェチェス カァウ、セヘテプ ネチェルウ)

比較的簡単なのが来ました。wTsは"elevate"という動詞、xa.wは名詞xa "appearance"の複数形です。ここでは前述の意味で取っていますが、xaはまれに"crown"(王冠)という意味と解釈される場合もあります。
s.Htpは動詞Htp "satisfy"の使役動詞形。動詞Htpの前にs.がありますね。nTr.wも超頻出名詞nTr "god"(神)の複数形です。
翻訳: Elevated of appearances, who has satisfied the gods(Leoprohon 2013)

即位名

さあ、とうとう即位名です。即位名とこの後解説する誕生名は、日本の天皇で不敬ながら例えるならば昭和天皇(公的な名前)と裕仁(個人の名前)の関係に当たると私は思っています。
碑文・像に名前を刻む際も、スペースが小さい場合は《即位名と誕生名で囲われているのをよく目にします》。

翻字: nb-xpr.w-ra
英語化: Neb kheperu Ra(ネブ ケペルウ ラー)

「読む順番が違うではないか、ラー ネブ ケペルウとは読まないのか」と思うかもしれませんが、エジプトでは神名は尊いものとされたため、先に書かれる決まりがありました。このため、神であるラーは前に書かれています。これと同じことが下の誕生名で発生しています。

nbは動詞"possess"または名詞"possessor"の意味を持ちます。xpr.wは "manifestations"(出現/降臨)または"forms"(かたち)の意味を持つ名詞xprの複数形。ここでは"manifestations"の意味で解釈している書籍が多いので、こう取ります。raはそのまま太陽神ラーを示します。
翻訳: The possessor of the manifestations of Ra(Leoprohon 2013)
なお、松本(1998, p.221)は「太陽神ラーの出現をつかさどる主」と翻訳しています。

誕生名 (2)


ヒエログリフ注:mnの下のnは、音声補字。

翻字: twt-anx-imn
英語化: Tut ankh Amen(トゥト アンク アメン)

twtは上のホルス名でも出たように、"image"、anxはこれも頻出語なのですが、動詞で"live"(生きる)の意味を持ちます。しかし、ここでは形容詞化されたとの解釈がなされているようです。imnとは、エジプトの神であり第18王朝の国家神でもあったアメン神を示します。

翻訳: The living image of Amen(Leoprohon 2013)
日本では松本(1998, p.221)が紹介しているように「アメン神の生きる似姿」という訳が定訳のようです。
しかし海外では、英語版Wikipediaに記述があるように、上記の訳には異論も存在するようです。


この王は上を見て頂けるとわかる通り、音声の切れ目が3つ存在するため「トゥト アンク アメン」がヒエログリフに忠実な表記です。しかし、エジプト考古学者の河江肖剰氏によると

日本語は母音で(言葉を)切るため、日本でしか通用しない言葉「ツタンカーメン」が生まれてしまった

河江(2021)のYoutube動画より

とのことです。この区切るところを間違えた言葉「ツタンカーメン」は、すっかり定着してしまいました。


誕生名 (1)

普通ならばこれで終了ですが、トゥトアンクアメン王は『概説』節で述べた通り、アテン神からアメン神へ信仰を回帰させています。通常知られている名前はツタンカーメン、すなわちトゥトアンクアメンですが、信仰を復興させる前はトゥトアンクアテン(ツタンカーテンとも)と名乗っていました。これが上の名前です。上で誕生名 (2)と書いたのは、それ以前に名乗っていた上の名前があることによります。

翻字: twt-anx-itn
英語化: Tut ankh Aten(トゥト アンク アテン)

基本的な説明は上と同じです。しかし、神名がアメンimnではなくアテンitnであることに気づくでしょう。アテンは太陽神と似た性質を持っていたので、神名に太陽の決定詞(ガーディナー記号N5)が含まれています。

翻訳: The living image of Aten(Leoprohon 2013)

以上、トゥトアンクアメン王の王名解説でした。

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