「遊びの時間」と「やり過ごし」

★1991年に公開された「遊びの時間は終わらない」という映画があります。
1984年「第2回小説新潮新人賞」に選ばれた都井邦彦の小説を原作に、1991年に本木雅弘主演で公開されています。
また、2006年には、「正しく生きよう」というタイトルで韓国でリメイクされました。
ここ最近、なぜかは知りませんが、このストーリーのことをよく思い出します。


★粗筋は以下のような感じです。

・・・警察が、きわめて画期的な「シナリオのない防犯訓練」を計画し実行することになりました。
しかし、銀行強盗役に指名された真面目な警官は、極度に緻密な戦略を立ててしまい、捕り手(上司)を打ち破り、人質を取り、訓練の舞台の銀行内に本格的な籠城を始めてしまいます。
なあなあで終わらせるはずだった警察上層部は困惑し、マスコミは大喜び。国民は盛り上がり、挙句の果て、とんでもないことに・・・というあらすじのコメディ映画です。


★話は変わりますが、経営学者の高橋伸夫が書いた『できる社員は「やり過ごす」』(1996年文春ネスコ→2002年日経ビジネス人文庫)という、大変ユニークな本のことも、最近よく思い出すのです。

・高橋は後にのちに『虚妄の成果主義』(2004年日経BP社→2010年ちくま文庫)を世に問い、一躍ブレイクすることになりますが、本書出版の時点では、まだ無名の若手経営学者でした。

・タイトルは極めてB級ですが、業務命令の「やり過ごし」や、他人の失敗の「尻拭い」などの、一見非正規的に見える行動の意味を、経営学的に鮮やかに解き明かした本です。説明が鮮やか過ぎて、非現実的にインチキくさく思えるのが珠に傷ですが。

・私たちの日常に置き換えると、以下のようなことになります。

・会社の現場は、処理容量を超えたノルマや、現場を知らない上司からの無茶ぶり命令など、様々な意味において「現場の処理能力を超えた」タスクで溢れています。そのような中で、命令通りに上から言われたことをこなすのでは、現実の会社組織は廻って行きません。

・そんな中、特に管理職、ミドルマネージャークラスの社員は、日々、己の(組織の)処理能力と、タスクの妥当性、緊急性を天秤にかけた上で、必要性の低いと判断した命令を「やり過ごし」、また、自分の担当外の業務の「尻拭い」をするような行動をとっています。
ミドルクラスのそのような行動が、年功序列型の日本企業組織を廻してゆく重要なファクターとなっており、更に、そのような行動を通じて、ミドルマネージャークラスの、一種の「選抜・選別」が行われている、というものです。

★そして、この本には、もう一つキモがあります。
そのような「やり過ごし」や「協調行動」を生む源泉となるのが、組織の未来への各成員の「見通し」であり、また未来へのポジティブな見通しを組織として共有していることを「未来傾斜原理」と呼びなしている部分です。

・つまり、ある種のパースペクティブを持って、メタな視点で業務やルールを捉え、遂行する視点と云うものを、組織として担保できているか?そして、それが出来る組織成員を、きちんと採用・育成し、未来へのビジョンを成員に与えることが出来ているか?ということになるからです。※1


★「遊びの時間は終わらない」に話を戻します。

主人公の警官は、自分の役務(=シナリオのない訓練の、完全な犯人役というロール)に忠実な余り、正しく「やり過ごす」ことが出来ず、「模擬(=遊び)である以上、いずれ終わらせなければいけない」というメタ・ルールを逸脱してしまい、遊びと現実が反転して行きます。

しかし一方で彼は、未来もメタも読まず、与えられたロールを「愚直」に実行することで、メタルールを読むことに秀でた上司=「賢者」を打ち破っていく存在、謂わば「聖なる愚者」であることが暗示されている。

この両義性は、いわば「現場」と「管理職」の順応と抵抗、それぞれの生き方の利点と欠点を暗示し象徴するもの、とも読めます。

そして、そこに両者を批判的に止揚する「外部」もしくは「未来」が欠落していることも言うまでもありません(と、ここで強引に2つのテーマをつなぎ合わせてみる)。

★しかし、上記とは別の意味で、経営学には、「外部」が欠落しているのではないか、と、高橋の上記書や他の著作を読んだ時に抱いた感想でした。このことは別の機会に書ければ、書きたいと思います。


※1:この点について、同じく高橋が、大変興味深い論文を最近発表しています。
しばしば行われる同種の実践を考え合わせると大変興味深い(と思います。英語なのでよく分かりませんが。)

("Talks with the president raise future expectations"Nobuo Takahashi)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/abas/17/3/17_0180506a/_article

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