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フリーランス編集者の現場におけるAI活用の実態

なんとなく連載みたいなノリで、編集の方法と雑感についてたまに書いている。これらは有料で限定公開していたけど、もうやめちゃったから、そのうち全部整理してオープンにするつもり。とか言いつつ、最後の記事を書いてから1年経ってしまったことに気づいた。そういうわけで、とりあえず最近興味のあるテーマで書いてみたい。


超直近でAIが与える影響

つまらない世相?みたいなことから始めてみると、ここ数年で人工知能(以下、AI)の自然言語処理がヤバいレベルになってきている。それを受けて、文字もののコンテンツ生産でメシを食っている人々の間では、自分たちの仕事は全部AIに代替されてしまうのではないかという話題が出るようになった。

個人的には、あんまりピンとこない論点だ。直近でメシの種になるかという問いに対しては、AI以前に考えたほうがいいことが山ほどある。少なくとも零細コンテンツ生産事業者の自分にとっては。たとえば、各メディアの原稿料とか、オウンドメディアとか(死語な気はするけど企業が自社のためにメディアつくってそこにきれいめな文字を載っけたいニーズは当然ある)、インボイスとか(収入・稼ぎ方によっては結構ほんとにマズいと思う)、そういうことを考えたほうが個々のコンテンツ生産者にとって重要なのではないか。

では、どのような論点なら意味があるか。僕は執筆・編集の具体的な業務プロセスにおけるAIの導入について考えることが、直近ではもっとも大切だと考えている。そういうわけで、この記事では、実際に自分が実務においてどのようにAIを使っているか書く。

文字起こしの一次素材づくり

まず、僕の仕事で一番影響が大きいのは文字起こしだ。ここ数年で、日本語の音声をテキストに起こすAIの精度は飛躍的に高まった。しかし現状では、文字起こしがすべてAIに代替されているかと言えば、そんなことはまったくない。イケてるAIであっても、変換があやしい箇所は人間と比較にならないほど多いし、録音の問題で聞き取りづらい箇所はめちゃくちゃになるからだ。

では、実際にはどのようにAIを使っているか。ひとつは長めのインタビューや座談会の記事をつくるような「人間の手による文字起こし」が必要となる仕事において、AIに一次素材を吐き出させることだ。

先に書いたように、AIで文字起こしをすべて代替することはできない。けれども、不完全な一次素材は、人間の起こしのスピードを速くする。特に不慣れな人に発注する場合、素材があるとないとでは劇的に作業速度が変わる。

ちなみに、不慣れな人はそもそも文字起こしソフトを使っていないことがあります。それは本当に、本当に、本当にダメです! どれでも大して変わらないので、いくつかダウンロードしてみて、自分に合っているものを探したほうがいいです。作業時間が劇的に変わります。今すぐ、必ず!

速くなる理由は、一次素材があると文字起こしソフトで音声を止めたり戻したりする手間がかなりの程度圧縮されるからだ。イケてるAIを使うと、文字起こしは音声を文字に起こす作業というより、音声を聞きながら信頼できない作業者の文字起こしを修正する作業に近くなる。

取材メモの補完

次に、取材からごく短いまとめ記事や箇条書きの資料をつくる仕事だ。こういうとき、以前は特に文字起こしをしていなかった。証跡として音源をきちんと残してさえあれば、実際には「取材メモ」があれば事足りるからだ。

しかし、AIが即座にそこそこの精度の文字起こしを吐き出してくれるのであれば、ないよりはあったほうがいい。特に助かるのは、取材メモの内容や量が不十分だった場合だ

なんとなく想像してみてほしいが、もともと文字起こしをせずに終わらせる予定だったはずの仕事で、全部起こさないといけなくなったらめちゃくちゃ萎えるだろう。ここでAIの文字起こしがあれば、「この話題はメモに落とせていなかったけど、面白かったから入れよう」みたいな感じですぐに取り入れることができて捗る。

日本語の文字起こしAIおすすめ

近しい同業者の間では、文字起こしの際にどのAIを使っているかがよく話題になる。実際、みんなどうしているかはすごく気になるものだ。

自分の場合、AIの選定基準はとても単純である。精度と速度、金額、インターフェース(全部GUIでいけるかどうか)だ。ちなみに、僕が最近つかっているのはRev AIである。いまのところは、上記の基準においてかなり高いレベルでまとまっていると思う。

ちなみに、「いまのところは」と言ったのは、こういうサービスはころころ良し悪しが変わるからだ。特にすぐ変わるのは値段。最近の多くのクラウドサービスと同様に、AIを提供するサービスも頻繁に値段をいじってくる。半年とかそこらで倍になることもあるから、気に入ったサービスがあってもリサーチを怠るべきではないと思う。

そういうわけで、もしAI文字起こしサービスを使っている人がいたら、おすすめを教えてください!

詰まっている箇所の案出し

文字起こしに比べると影響は大きくないが、うまく書けない箇所についてアイデアを出す際にもAIを活用している。自分の場合、この用途ではChatGPTによく助けられている。

原稿を書いていると、ある箇所で内容的に書きたいことは決まっているけれども、うまくそれらをつなげられなくて時間をかけてしまうことが頻繁にある。そういうとき、以前はぐちゃぐちゃ文をいじるか、類語辞典で(おもに名詞の)表現を別のものにすることで解決しようと試みてきた。

しかし、詰まっている箇所を箇条書きにしたうえで、ChatGPTに対して「以下の箇条書きをまとめてください」といった要求を投げたり、途中まで考えた破綻している文を制作したうえで「以下の文を書き直してください」といったリクエストをしたりすると、より素早く処理できることが多い。

ChatGPTは、類語辞典を引くように個別の言い回しを調整するのではなく、複数の表現をまとめて言い換えたり、構文を変えたりするから、元々の文への妙なこだわりを解除してくれるのである。

要約やリード文の案出し

もうひとつChatGPTに助けられているのは、まとめ的な文章の作成だ。大雑把に言って、ChatGPTは物事を一般的に表現するのは得意だが、個別的に表現するのは苦手である。もっとぶっちゃけてしまえば、つまらないことを考えるのが得意で、面白いことを考えるのが苦手だとも言える。

要約やリード文は本文で書かれていることの本質を伝えるもの……とかなんとか言えば聞こえはいいが、冷たく考えれば、本質というものはほとんどの場合ありきたりなものであって、それこそがAIの得意分野だと思う。本文のなかで繰り返し使われている言葉やそこに共通する主張を取り出してそれっぽいことを言う。そんなAIの強みがまとめ的な文ではわりと活きる。

ただし、詰まっている箇所と同様、あくまで案出し的な使い方がほとんどである。文字起こしのように一次素材としてそれをなぞって修正すれば完成、というレベルのものが出てくることはあまりない。

AIによる執筆・編集の変化

以上で本題は終わり。最後にまとめに代えて、AIの導入と微妙に関係しそうな執筆・編集の変化について書く。はじめに書いたように、直近ではコンテンツ生産の現場にデカい変化はないと思うけれど、少しだけ事例をあげたい。

まず、聞き書き系のコンテンツの広がりである。一般的には、誰かの話を聞いてそれを文字コンテンツにするとき、いわゆる構成の工程を踏むことが多い。話の順序を入れ替えて整理したり、削ったりみたいな。しかし最近では(最近でもないが)一部において、こうした工程を可能な限り減らした聞き書き的なコンテンツがみられるのである。

これは要するに、文字起こしに近い状態を完成としているものだ。体感でしかないけれども、特に同人雑誌の記事においては結構露骨に増えてきている気がする(商業でもある程度その傾向はみられると思うが)。先に示したように、文字起こしだけならAIはだいぶ役立つから、構成を必要としない原稿が増えていくのであれば、相対的に人間の介在する余地は減るだろう。

なぜこのような傾向が(もしかしたら)あるのかについては、この記事と関係ない気がするので詳述しない。けれども、超長文コンテンツの必要性とか、メディア的なるものに対する信頼性の問題とか、アーカイブの重要性の高まりとか、人文社会系の(一部の)質的研究の動向とか、日本語自体がより口語的なものに変化しているとか、面白い論点がたくさんあると思う。

次に、コンテンツ生産者以外のAI活用である。特にIT系のベンチャー・スタートアップの会社と仕事をしていると、当然ながらAIをよく使っている人が多い。メールはAIに書いてもらう、議事録はAIがまとめたものをコピペしている、みたいな。そうしたクライアントから「瀬下さんが文字起こしする必要ってあるんですか?」という質問を受けることがある。

じつはこれが記事を書いたきっかけでもあるのだけど、その気持ちは非常にわかる。「おおよそ」の内容であればAIの文字起こしでまったく問題ないことをわかっている人からすれば、人間による文字起こしはマジで謎だろう。

しかし、この記事でも説明したように、実際にはAIの文字起こしだけから「まともな」長文の取材記事をつくることは難しい。ここで不可能だ、とまでは言い難いところがまた厄介だ。不完全な文字起こしからでもいちおう記事はつくれてしまうけれども、信頼できて面白い記事をつくることは無理、というのが最大限誠実な回答だと思われる──。

ここで「信頼」という言葉を使っているのは、たとえばAIによるフェイクニュースがどうこうといった話を浮かべると、なんとなくイメージできるかもしれない。この記事はあくまで実務の話をするものだから、これ以上は書かないけど。

このふたつの事例はまったく異なる性質の話だけれども、AIが文字ものコンテンツ生産の現場にそこはかとない影響を与えていることがわかるのではないか。歯切れは悪いが、現状そんな感じ。

ちなみに、何度か記事内で示しているが、これは全部日本語の話です。英語がどうなってるかわかる人はこっそり教えてください! もっともっと精度が高いだろうし、したがって実務への影響も大きいのではないかしら。

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