移動から学んだこと
現在参加している、岩熊さんコミュニティで、「意味付け」「お金の賞味期限」「キャラ」についてが議題となっています。
数年前の私なら、
「そんなんどうでもええ」
なぜかって?
ただ、給料もらって生活して趣味で楽器演奏して。そんな生活で十分満足していたから。
しかし、仕事の部署移動とともに、今までの考え方、行動が全否定され
「思っているよりできないのね」
と、言われた。私は毎日、家で泣いた。
「なぜ、私がこんな目に合わないといけないのか。こんな気持ちでこの職場で働く意味があるのか?」
退職することも考えたが、ひと時の感情で決めていいのか?
ただ、「嫌で仕方がない」
それでは、たとえ退職してほかの職場に就職しても、おなじ理由で辞めてしまうのでは?私は変わらないのでは?
「1年間続けよう。それでも何も感じないなら、やめよう」
頭ごなしにおさえつけてくるスタッフもいれば、話しをきいてくれ同感してくれるスタッフもいた。
後者のスタッフが「誰のために仕事してるの?
スタッフのためではなくて、利用者さんのためやろ?利用者さんが穏やかに生活できることが私らの仕事」
と言ってくれた。私ははっとした。
「そうだ。私は病気ではなく、人を観たいのだ」
そう、思い直し、利用者さんとかかわるようになった。あからさまに嫌がらせを受けても、「この人はそうしないといけない理由がある」と言い聞かせ、少しづつ流せるようになっていった。
そのうち、利用者さんがほかの人にはみせない表情をしたり、泣いたことがない方が、私とのコミュニケーションで泣くことが見られた。
そんな姿を「わたしは見たことない」とこれまた、嫉妬の対象になったが、スタッフの利用者さんのかかわり方が、少しづつ変わってきている。(ように、わたしには見える)
あの時、やめていたら気づけなかっただろう。利用者さんの感情の表出もできなかっただろう。自分の仕事に対する気持ちもわからないままっだたな。
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