素の自分は丸ごと曝け出してくる
自分を大切にして、自分と繋がって、自分を最優先にして生きてみるというのは、自分勝手に好き放題にするということではないし、いつもいつも楽しいことだけしてワクワクしているわけでもない。他を顧みないということでもない。
外側なことではない。
私は以前とさほど変わらない、いたって普通な日常を過ごしながら生きている。
ただ、自分自身の内側との温かさのある、誠実なお付き合いをする。私にとっての本物の感覚と繋がり続ける。それだけだ。
私にとっての本物は私が感じること。
頭で考えるのではなくて感じること。
「嫌なことはやらない」のではなくて、
「嫌だ」という気持ちを置き去りにしたままそれをしない。
〝考え〟を主軸にしない。
〝考え〟は私にとって主人ではなく補佐官だから、〝考え〟に手綱を渡さない。
そうやっていると、内側が色々なことを伝えてくる。これまでは黙っていた部分がメッセージを送ってくる。
私が「感じたくない」「感じていたらやっていけない」と守っていたもの、隠していたもの。
そういうものも、その存在を伝えてくる。
それがくると内側台風状態になることもある。感情が揺さぶられる。
素の私が素の全部を曝け出してくる。
それも全部受け止めるよ。
私の中で何が起こっても、何が出てきても、大丈夫。そのままを受け止めるから。
そう決めているからね。肚を決めたから。
その肚の声が
「それならもっと本気で覚悟を決めろ」と伝えてくる。100%で決めろと。
今の私はまだ恐る恐るなのだと。
恐る恐るでもいい。でも「本気です」というなら。
自分にだけは少しの騙しも通用しない。
自分舐めるなと伝えてくる。
こういう時におなかの底からくる感覚がとても好きだ。
生きているその源がそこにあるような感じがする。
素の自分? はキレイごとは言わない。
本音と本物しかないから。
素の自分で生きるというのは
ただそう在る存在が
そのままで生きている。
今、私にこれを書かせているのも内側の何かで、実は、書くことがまとまっていないとか、何を言いたいのかわからない、と頭の中の考えは騒いでいる。