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SES業界の闇6つ
SES(システムエンジニアリングサービス)とは、エンジニアをクライアント企業の開発現場に常駐させ、その技術サービスを提供するビジネスモデルです。契約形態は主に準委任契約(業務委託の一種)で、エンジニアの作業時間に応じて報酬が支払われます。これに対し、受託開発(請負契約)は完成するシステムやソフトウェアといった「成果物」に対して報酬を得る形態、自社開発は自社のサービスや製品を自社のエンジニアが開発する形態です。それぞれの違いは下記の通りです。
SES: クライアント先に常駐しクライアントの指示のもと業務を行う。契約上は準委任(成果物責任なし)、実質は時間提供型
受託開発: 発注企業から要件を受け、自社内(または指定場所)で開発を完結。請負契約で成果物の納品責任を負う。
自社開発: 自社のプロダクトやサービスを企画・開発。自社内で完結し、外部企業への依存がない。
日本のIT業界では、SIer(システムインテグレータ)による大規模受託開発と並び、このSES形態が広く活用されています。市場規模も大きく、IDC Japanの調査によれば2020年時点で国内ITサービス市場(SES事業を含む)は約5兆6,834億円に達し、2026年には6兆7,410億円に拡大する予測です。SES事業者も多数存在し、売上高トップは富士ソフト(約2,788億円)、DTS(約1,061億円)、NSD(約780億円)など大手が占めます。しかし、その一方で多重下請け構造や労働環境の悪さといった様々な課題(いわゆる「業界の闇」)が指摘されています。
以下、SES業界の構造と課題について詳しく解説します。
詳細分析 (Detailed Analysis)
1. 労働環境の問題 – 長時間労働・低賃金・新人使い捨て
長時間労働と残業: SESエンジニアは配属先のプロジェクト状況に労働時間が左右されます。納期前の**デスマーチ(過重残業)**に巻き込まれるケースもあり、元請け企業や顧客の無理な要求により深夜残業や休日出勤が常態化することがあります(※テクフリ「SESの闇案件 事例1」の指摘より)。一方、残業代は契約形態によっては十分支払われないことも問題です。例えば、SES契約が準委任の場合、定められた稼働時間の範囲外の残業代があいまいになりやすく、泣き寝入りするケースもあります。
低賃金の実態: SES業界では中間マージンの存在により、クライアント企業が支払う単価に対してエンジニアの手取りが少なくなる傾向があります。一般的なSES企業ではマージン率は平均約37.7%で、エンジニアへの還元率は約60%程度と言われます。多重下請けでは各社がマージンを抜くため、末端のエンジニアほど報酬が圧縮されがちです。実際、「4次請け~5次請け」のような下層企業では、エンジニア1人月あたり50~70万円の単価が相場であり、そこから更にマージンが引かれて手取りが決まります。こうした構造上、若手エンジニアの月給が10万円台という極端な低賃金例も報告されています。未経験で入社した新人に月給15万円程度しか支払わない企業は、「エンジニアを使い捨てにするブラックSES企業が多い」ことを示す一つの指標です。
未経験者の大量採用と使い捨て: 人手不足のIT業界で、多くのSES企業は未経験者を積極採用しています。しかし研修や育成が不十分なまま現場に送り出し、短期間で辞めてしまう(辞めさせてしまう)例が後を絶ちません。「未経験歓迎だが研修なし」の企業も存在し、ひどい場合は*「無料のプログラミング学習サイトをやらせるだけ」「破った参考書のコピーを渡すだけ」*といった形だけの研修で現場に出されることもあります。結果としてスキルが身につかず、配属先でも戦力になれずに退場→解雇となったり、心身を病んで退職するケースもあります。このように新人を育てず使い捨てる風潮が、SES業界の悪評の一因です。業界に精通したベテランは、「悪評の元になっているのが、エンジニアを育てることなく使い捨てるSES業者や、高額な紹介手数料を抜きプロジェクトコストを押し上げるブローカー(手配師)の存在」だと指摘しています。
派遣先での労働条件の不透明さ: SESエンジニアは雇用主(SES企業)と実際の指揮命令者(派遣先企業)が異なるため、労働条件や働き方が不透明になりがちです。多重下請けになるほど雇用元と現場の距離が離れ、現場の実情が自社に共有されにくい状況があります。その結果、エンジニアが派遣先で長時間残業やハラスメントに遭っても、自社の管理監督が行き届かず問題が表面化しにくいのです。また、派遣先ごとの待遇差も生じやすく、「どの現場にアサインされるか」で残業時間や雇用継続が左右される不安定さがあります。SES企業間で情報共有が不十分で管理体制が曖昧になることから、エンジニア本人も自分の働く環境について把握しづらいという不安があります。
2. 多重下請け構造 – 偽装請負・多重派遣の実態
日本のSES業界では、「クライアント → 元請SIer → 二次請け → 三次請け...」という多重下請け(多重派遣)構造が蔓延しています。大手企業や官公庁が大規模プロジェクトを発注する際、最上位の元請けSIerが請負契約を結び、その下でSES契約による人月派遣が重層的に行われるケースが多いです。この構造では、中間会社ごとにマージンが差し引かれ、実際に働くエンジニアほど低賃金・不安定になります。実際、「3次請け・孫請けレベルの下流工程のみを担うSES企業では、エンジニアは薄給かつ激務になりがち」と指摘されています。逆に上位の2次請け以上で上流工程に関われる企業ほど労働条件は良く、SES企業選びの重要なポイントにもなっています。
偽装請負の問題: SES契約自体は本来、労働者派遣法に基づく派遣契約とは異なる業務委託です。しかし、多重構造の中で実態は派遣と変わらない働き方になっている場合、**「偽装請負」**と見なされるリスクがあります。偽装請負とは、「実質的には派遣労働なのに契約上は請負や委任と装うこと」を指し、違法行為です。例えば契約上はSES(準委任)でも、現場ではクライアントから直接指示命令が出ている場合、法律上は派遣と判断されます。このようなケースが発覚すると、派遣元・派遣先の双方が労働局から是正指導を受け、最悪の場合派遣先企業も含めて処罰される可能性があります。また偽装請負状態で労災事故などが起きた場合、派遣先にも安全配慮義務違反の責任が及ぶリスクがあります。
多重派遣の禁止: 日本の労働者派遣法では、派遣労働者を受け入れた企業がさらに別の企業へ労働者を派遣する「二重派遣」が禁止されています。つまり一次受けの派遣会社からの派遣は認められますが、その派遣先がさらに他社に労働力を供給することは違法です。しかしSESの多重下請け現場では、契約上は各段階で業務委託と称しつつ実態は派遣労働力の融通になっていることがあります。これも偽装請負と並ぶ違法状態です。エンジニアから見ると、自分の雇用主と実際の指示系統が複数企業にまたがるため、責任の所在があいまいで不利益を被ってもどこに訴えればいいか分からない、という不安定さにつながっています。
「中抜き」構造の批判: 多重下請けは各層でマージンを中抜きする構造でもあります。とくに何社も仲介が入ると、現場で働くエンジニアの報酬に対し過剰なピンハネが行われるとの批判があります。あるSES企業代表は、「この仕組み自体はコンサル業界のファームと同様だが、コンサルが比較的ポジティブなイメージなのに対し、SESがネガティブなのは多重中抜きや業務責任の所在不明が現状あるからだ」と述べています。実際、エンジニアの仕事の成果責任が曖昧になりがちで、トラブル時にどの会社が責任を負うのか不明確になるケースもあります。例えば不具合が発生しても、元請け・下請け間で責任のなすりつけ合いが起こり、末端のエンジニアにしわ寄せ(サービス残業など)がくる例も見られます。このように、多重下請け構造は**「安価な労働力の融通」と「責任の希薄化」**を招きやすく、業界全体の信頼を損ねる要因となっています。
3. スキルアップの難しさ – キャリア形成の停滞
特定プロジェクトへの依存: SESエンジニアは配属されるプロジェクト内容や期間が自分のスキル形成に直結します。しかし、しばしば同じような業務ばかりを繰り返したり、長期間ひとつの現場に固定されて新しい技術に触れる機会が少ないという問題があります。「短期プロジェクトの連続で長期的視点のスキル開発が難しい」「限定された役割(例:テスターや運用監視のみ)ばかりで幅広いスキルを習得しづらい」といった指摘があり、SES形態ゆえにエンジニア個人の成長機会が制約されるケースがあります。現場都合で「いつもテスト工程ばかり任されて開発経験が積めない」等の不満は業界あるあるです。これではキャリアが偏り、将来の選択肢が狭まってしまいます。
教育・研修制度の不足: SES企業側の課題として、社員エンジニアの教育支援が不十分なところが多い点が挙げられます。多忙な現場に人を出すビジネスモデル上、社内で腰を据えて研修する余裕がなかったり、「研修してもどうせすぐ現場に出るから現場で覚えて」という風潮がありがちです。その結果、体系的な研修制度を持たないSES企業も少なくありません。未経験者の場合、現場OJT任せになりやすく、先述のように研修無しでいきなり常駐→うまくいかず退場という悪循環も起こります。逆に言えば、研修や資格支援などスキルアップ支援を充実させている企業は“優良SES企業”と見なされ、求職者から選ばれる傾向があります。近年では「自社内ラボ開発期間を設けて最新技術の習得機会を提供」するSES企業も出てきていますが、業界全体ではまだ少数です。
キャリアパスの不透明さ: SESで経験を積んでも、その先のキャリア展望が描きにくいという悩みも聞かれます。たとえばマネジメント職への道がはっきりしない(プロジェクトマネージャー等になる機会が少ない)、あるいは特定分野の専門性を深めようにも配属先次第で浅く広い経験に留まりがちなど、長期的なキャリア形成が計画しづらい状況です。エンジニア個人が「○年後に○○のスペシャリストになる」と思っても、SES企業ではプロジェクトありきで動くため、自分で仕事の方向性を選びにくい傾向があります。また昇給も年功でなく現場単価次第の所が多く、スキルアップがそのまま給与アップに直結しない場合もあります。30代以降、「このまま客先常駐を続けていいのか」「社内にポジションがなく、年齢が上がったら切られるのでは」と不安に感じる声もあります。実際、SESから別のキャリア(社内SEや自社開発エンジニア、フリーランスなど)に転身する人も多く、キャリアの中継点と割り切られるケースも少なくありません。
4. 契約・法的問題 – 不透明な契約形態と待機リスク
契約形態の混同: 前述のようにSES契約は準委任(業務委託)ですが、現場では派遣のように働くことが多いため、派遣契約と業務委託契約の線引きがあいまいになりやすいです。契約書上は「指揮命令権は委託側(SES企業)にある」となっていても、現実には受入先企業の社員が日々のタスク指示を出すことも頻繁です。このように契約上と実態が乖離していると、先述の偽装請負の問題に直結します。SES企業とクライアント企業の間でも、「派遣契約なのか委託契約なのか」認識が統一されておらずトラブルになる例があります。法律的には派遣であれば派遣法のルール(3年期間制限や派遣元責任者の設置など)を守る必要があり、委託であれば成果物や業務範囲を明確に契約する必要があります。しかしSES業界では「名目は委託、中身は派遣」というグレーな運用が長らく放置されてきた歴史があります。そのため契約内容が不透明で、エンジニア自身も自分がどんな契約形態で働いているのか十分理解していないケースもあります。
「待機」期間と給与未払い問題: SESエンジニアが直面しやすいのが、待機期間(ベンチ)の扱いです。プロジェクトとプロジェクトの合間や、配属先が決まらない期間、エンジニアは自社または自宅で待機することになります。この待機中の処遇は企業によって異なり、一部では待機を理由に給与を減額したり、極端な場合ゼロにする悪質なケースも見られます。本来、正社員であれば待機中も雇用契約が続く限り給与支払い義務があります。労働基準法第26条では、会社都合の休業時には平均賃金の60%以上を休業手当として支払わねばならないと定められています。したがって「待機だから給料ゼロ」は明確に違法です。しかし一部ブラックSES企業では、入社時に「配属が決まらない期間は雇用開始しない」との特約を結ばせたり、試用期間名目で社会保険未加入・手当無支給の状態に置くなど、法の抜け穴を突く動きがあります。この**「案件が決まらないと雇用契約開始しない」という慣習は求職者に生活不安を強いる悪しき慣行であり、「ゴミ企業」と痛烈に批判する業界人もいます。優良企業であれば、待機中でも社内待機扱いとして通常給与100%を支給し、社員に自主学習や社内開発をしてもらうのが一般的です。一方ブラック企業では自宅待機=休業扱い**として給与を6割だけ支給、あるいはそれ未満しか払わない例もあります。実際、「待機になったら即クビ」「待機中は基本給カット」などの極端な契約を平然と提示する企業も存在し、エンジニアにとって大きな不安材料です。
契約期間と安定性: SES契約は多くが期間の定めあり(3か月~半年ごとの更新など)です。プロジェクト延長に合わせて契約更新されますが、契約打ち切りになれば次の配属先が見つからない限り待機→最悪退職勧奨となる恐れがあります。派遣法上は同一部署で最長3年までという制限もあるため、長期に渡り同じ現場で働き続けることも難しいです。結果として、常に「次の現場があるだろうか」という不安と隣り合わせで、心理的な安定を欠く面があります。契約満了に伴う雇止めや、派遣先都合で途中終了した際の補償(30日以上前予告義務など)が守られないケースも報告されています。法的には派遣契約に準じた扱いが必要ですが、SES業界ではグレーゾーンで処理されがちです。
5. SES業界の「ブラック企業」事例 – ハラスメントや不当解雇
ブラックSES企業の特徴: 前述の各問題を総合すると、いわゆる**「ブラック企業」**と呼ばれるSES企業には共通する特徴が見えてきます。
多重下請け構造の最下層を担っている(孫請け・曾孫請け)。案件単価が低くエンジニアにしわ寄せ(低賃金・長時間労働)が集中
エンジニア本来の業務以外の仕事(例:コールセンター業務や事務作業)に配属する
待機中の給与未払い・減額の慣行がある。待機=基本給40%カット等の内規を設け、エンジニアに経済的負担を強いる
これらに該当する企業は高確率でハラスメントや法令違反も内包しています。具体例として、**パワハラ(権力による嫌がらせ)**の問題があります。客先常駐という立場上、エンジニアは受け入れ先の上司・先輩から厳しい扱いを受けても自社に相談しにくく孤立しがちです。例えば「客先の上司から毎日罵声を浴びせられ鬱になった」「派遣先社員から理不尽な雑用ばかり押し付けられた」等の事例が報告されています。セクハラやいじめが起こるケースもあり、複数名で配属されていない一人常駐だと逃げ場がなく深刻化しやすいです。
さらに、不当な契約解除や解雇も問題です。派遣先でトラブルが起きた際に、エンジニア個人に非がなくても契約打ち切り→雇用終了とされるケースがあります。法的には正社員の解雇は客観的合理的理由と30日前予告が必要ですが、試用期間扱いや契約社員として入社させることで簡単に切られる場合があります。40代以上になり現場が決まらなくなると「肩たたき」され退職を迫られるといった年齢差別的な慣行も一部では存在します。また、経歴詐称を強要してスキル以上の現場に送り込み、使えないと分かると契約解除してしまう悪質な例も報告されています。これらは明確に労働法違反・コンプライアンス違反ですが、泣き寝入りするエンジニアも多いのが実情です。
具体的事例: ある訴訟例では、SES企業の社員がセクハラ被害を訴え是正を求めたところ、その社員に対し派遣命令を乱発し従わないと解雇を通告、不当解雇として争われたケースがあります
。裁判では会社側に一定の合理性が認められ社員側の主張は通らなかったものの、このようにハラスメント相談をしただけで不利益扱い(配置転換や解雇)される事案が実際に起きています
。また、「副業禁止規定」を盾に副業で得た収入を会社に没収されたとの告発や、残業代未払いが慢性化して労基署から是正勧告を受けたSES企業の例なども業界の噂として聞かれます(※参考:厚労省公開の是正事例より)。総じて、“ブラック”と言われるSES企業では法令無視・社員軽視の体質が色濃く、エンジニアのキャリアや健康が損なわれるリスクが高いと言えます。
比較 (Comparison)
国内: SES・受託・自社開発・フリーランスの比較
日本国内におけるエンジニアの働き方をSESと他形態で比較すると、以下の特徴があります。
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※上記は一般的傾向であり、企業や個人の状況によって異なります。例えば優良SES企業では待機中も100%給与保障し多様な案件に参画できるなど、スキルと待遇を両立できる場合もあります。逆に自社開発でもスタートアップ企業では長時間労働が常態化することもあり得ます。
海外との比較 – 日本のSES業界の特有の問題点
米国・欧州のIT人材活用: アメリカや欧州では、日本のような多重下請けのSES形態は一般的ではありません。大手IT企業(GAFA等)は核心業務を外部委託せず自社内でエンジニアを抱えて開発するのが主流であり、「SIer」や「客先常駐エンジニア」という概念自体が希薄です。例えばシリコンバレーの企業では、外部企業に自社プロダクト開発を任せることはまず無く、スピードと技術流出防止の観点から全て自社の社員エンジニアで賄います。そのため、日本のように一次受けから多重に下請け企業へ人月を投下する構造は見られません。どうしても専門スキルが足りない場合は**「スタッフ・オグメンテーション(人材増強サービス)」**として契約エンジニアを一時的に受け入れるケースはありますが、この場合も契約は直接または仲介1社程度で、リモート作業が基本、期間制限も特になく自由度高い運用がされています。欧米のITフリーランス市場が発達していることもあり、企業はピンポイントで個人契約や専門コンサルを雇うことが多く、間に多くの仲介業者が入る日本式の構造は「非効率」と見なされます。また欧州では派遣労働者の待遇均等や期間制限が法整備されており(例:同一労働同一賃金や派遣期間2~3年制限)、曖昧な偽装請負が入り込む余地は比較的少ないと言えます。
インド・オフショアとの比較: インドはITエンジニアのアウトソーシング大国で、「ボディショップ」とも呼ばれる人月提供モデルをかつて多用しました。しかし現在のインド大手IT企業(TCSやInfosys等)は単なる人材派遣ではなく、受託開発やコンサルティングの形で包括的に契約することが多くなっています。インド人エンジニアを海外クライアントに派遣する場合も、自社の正社員を長期間派遣先に駐在させたりリモート開発拠点(ラボ型開発)を提供するといった形が主流で、日本のSESのように短期契約で次々現場が変わるスタイルとは異なります。またインド企業は新人研修に数ヶ月~1年かけるなど人材育成投資を重視する傾向があり、未経験者を即戦力現場に送り込んで使い潰す日本型モデルとは対照的です。もっともインドや東欧などのオフショア開発でも、低コストを維持するために若手中心で経験不足→品質問題になるケースや、契約上のトラブルは存在します。ただしそれらは発注者との間の問題であり、自国のエンジニアが多重下請構造で搾取されるという日本特有の問題とは性質が異なります。
日本特有の要因: 日本でSES多重派遣が根強い背景には、以下のような要因が指摘できます。
系列下請け文化: 製造業など他業界でも見られる多重下請けの商習慣がIT業界にも踏襲された
雇用の流動性の低さ: 企業が正社員採用に慎重で、一時的な人手増に派遣やSESを使う傾向が強い。欧米のようにプロジェクト単位でエンジニアを雇用・解雇するより、外注で対応する方が日本企業にとって心理的ハードルが低かった。
法制度の隙間: 派遣法の規制(期間制限や業種制限)がある中で、IT分野では「請負なら規制対象外」という抜け穴を使いやすかった。結果、偽装請負が黙認されやすい土壌ができた。
エンジニア不足: 恒常的なIT人材不足により、自社で人を抱える余裕がない企業が多かった。その受け皿としてSES企業が乱立し、人月提供ビジネスが成長した。現在も日本では2030年に最大79万人のIT人材不足が予測されており
以上のように、日本のSES業界は海外と比べ特殊な進化を遂げた市場と言えます。その結果生じた歪み(闇)は、今後グローバル標準に合わせて是正が求められている状況です。
結論 (Conclusion)
SES業界の改善策: 業界が健全な労働環境を確保するためには、以下のような取り組みが必要です。
法規制の強化と遵守: 偽装請負や二重派遣を厳しく取り締まり、契約の透明性を高めることが重要です。派遣法や下請法の遵守を徹底させ、違反企業には指導・公表などの措置を取る必要があります。また2023年施行のフリーランス新法では報酬の遅配や契約条件の明示義務が定められており
多重下請けの是正: 発注企業と実作業者の間の流通経路をなるべく短くする努力が必要です。具体的には、元請け企業がパートナー企業を厳選し二次受けまでに留めるガイドラインを設ける、発注側が中間マージン率の開示を求め適正な契約とする、といった対策が考えられます。大手SIerの中には下請け構造の簡素化に着手しているところもあります。またエンジニア個人も、できるだけ上流工程を請け負う企業(一次・二次請け)を選ぶことで多重構造の弊害を避けられます
人材育成とキャリア支援: SES企業自体がエンジニアのキャリアアップにコミットすることが大切です。具体的には、充実した研修制度(プログラミング研修だけでなく提案力や上流工程スキルの教育)や資格取得支援、社内で様々な技術プロジェクトに関われる環境整備などです
透明性の確保: 単価やマージンの開示、評価基準の明確化など、情報の透明性向上も信頼回復につながります。最近ではエンジニアに契約単価を公開するSES企業や、案件選択制度を導入する企業も増えています
エンジニア側の戦略: SES業界でキャリアを積むエンジニアにも、生き残りのための戦略が求められます。まず自分の市場価値を意識したスキル習得が不可欠です。どの現場にいても主体的に最新技術をキャッチアップし、「案件ガチャ」に左右されない軸となる得意分野を磨くことが重要です。例えばクラウドやAIなど伸びている技術領域の資格取得や個人開発プロジェクトを通じて、現場外でも実績を積む努力が求められます。
次に企業選びも重要です。最初にブラック企業に入ってしまうと体力・自信を失いキャリアが停滞します。面接段階で「研修制度の有無」「待機中の給与保証」「参画案件の範囲」などを確認し、悪質企業を見抜くことが大切だと専門家は助言しています。例えば**「未経験なのに月給が異常に低い提示」や「面接で具体的な配属先を明かさない」**企業は要注意です。逆に自社内開発案件も抱えていたりエンド直(一次請け)の案件を取っている会社は比較的ホワイトな傾向があります。
キャリアパスの比較検討: 将来的な選択肢として、フリーランスや受託開発への転向、あるいは自社開発企業への転職も視野に入れましょう。SESで培った現場適応力や広範な業務経験は、うまくアピールすれば他形態でも活きる武器になります。特に人脈を広げられるのはSESの利点で、客先の社員や他社エンジニアとの繋がりから転職や独立のチャンスが生まれることもあります。「SESはキャリアの墓場」ではなく、「SESで得た経験を次のステップにつなげる」発想が大切です。実際、「様々な業界・案件を経験し業務の幅と人脈を広げることで、SES経験がキャリアパス拡大の足がかりになり得る」という意見もあります。
未来の方向性: DX推進などでIT需要が高まる中、SESそのものの需要は今後もしばらく続くと予想されます。しかし同時に、オフショア開発の台頭やノーコードツールの普及など、従来型「人月ビジネス」自体の在り方が問われ始めています。業界ではSES企業が自社プロダクト開発に乗り出したり、上流コンサルに業態転換を図る動きも出ています。エンジニア個人としても、常駐派遣に頼らずリモート契約や副業で複数社と関わるなど、新しい働き方が増えてくるでしょう。今後は**「エンジニアファースト」の企業だけが生き残り、悪質な企業は淘汰されていくと考えられます。そのためにも、業界全体で働き方の改善と価値提供モデルの転換に取り組み、「使い捨ての闇」から「持続的成長できる業界」**へと変革していくことが求められています。