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お客様の希望、それは本当の希望か
ウェディングプランナーは新郎新婦の理想を形にしていく仕事だが、新郎新婦から言われた事をそのまま進行に落とし込んでいく事が果たして「新郎新婦が思い描く結婚披露宴」につながるのだろうか。
新郎新婦からすれば、あれもやりたい、これもやりたい。SNSや雑誌で紹介されている魅力的な演出や余興を盛り込みたくなるのは当然の事だ。
そしてそれをすべて叶える事は、一見すると良い事のようにも思える。
だが、例えば進行をてんこ盛りにした結果、当日新郎新婦とゲストが歓談する時間をほとんど取れなかったら?メインテーブルでゲストと写真が撮れなかったら?二時間半で収まらずに遠方のゲストが途中退席する事になったら?
それは新郎新婦が望んでいた未来だろうか。
そんなはずはない。
新郎新婦からすれば、上記のような事は「当たり前に」問題ないと思っているだろう。
それは新郎新婦が披露宴を知らないし、分からないからだ。
考えなくても分かる。一生に一度の事に詳しい人間など、現場を経験しているその業界関係者以外在りえない。
だから、必ずしもお客様の言っている事を叶える=良いサービスではない。
リッツ・カールトンに中途で入った時に1週間座学の研修があった。
クレドを理解させる研修だ。
クレドに特別目新しさは感じなかったが、自分が感覚的に捉えていたことがクレドにはしっかり文字に起こされていた。
その中にこんな一文がある。
「お客様が言葉にされない願望やニーズをも先読みしておこたえするサービスの心です。」
ニーズとウォンツの違い、のような話だ。
喉を潤したいというニーズ(目的)を叶えるために、ミネラルウォーターを飲みたいというウォンツ(手段)が発生する。
例えば、いかにもこれから結婚披露宴に出席するであろうゲストが宿泊部のスタッフに一番近いコンビニはどこかと尋ねる。
接客態度は一定レベルだとして、当たり前だが最低なのは「分からない」だ。たとえホテル内にコンビニが無かったとしても、周辺知識を持っていなければホテルマンとしては底辺だろう。
その次あたりが「こちらの道をまっすぐお進みいただき、お花屋さんを右手に曲がるとコンビニがございます。」のようなご案内であり、多くのホテルマンがここで成長を止めている。
そのお客様のニーズ(目的)はなにか。五感を研ぎ澄まし、少ない手がかりの中から目の前のお客様の状態を感じ取り、想像する力が必要だ。
結婚披露宴に出るであろうドレスアップした姿、男性か女性か、親族かそれ以外か。宴席状況も把握していれば、そのお客様に時間的な余裕があるのか、慌てているのかも分かる。
なぜコンビニが必要なのだろうか。
接客しながらも瞬発的に推察する様は探偵のようだ。
喉が渇いたのか。ストッキングが伝線してしまったのか。白い靴下を履いてきてしまった事を気にしているのか、後れ毛を直すための整髪料が欲しいのか。ご祝儀袋を忘れたのか、手にご祝儀袋を持っているが名前が書かれていないのか、いや、書かれている。外見でその目的を見つけられる事もあるし、もちろん見つけられない場合もある。
ある意味ホテルマンは違和感を探す仕事だ。
もしかしたら、このゲストはご祝儀袋の「中身」が必要なのかも知れない。
綺麗なお札が欲しいのか、もしくは新札(渋沢栄一)で生まれた謎のマナーで旧一万円札と取り替えたいのか。コンビニのATMで数万円引き出すつもりなのではないか。
そうであるならば、わざわざコンビニまで足を運ぶ必要はない。
ロビー周りのスタッフは、常に両替できるようにピン札を数枚持っている。
一言「両替が必要でしたら私が・・:と提案すれば、お客様は目的を達成する事ができる。なんで分かったの?とマジックを観たかのような印象を持つかも知れない。
もちろん、間違える事もある。だが、その時はお詫びをすれば良い。時間内に答えが見つけられなかった時は、余計な提案をしなくても良い。
問題なのは感じ取って、考えて、一歩踏み込む勇気だ。
一歩踏み込んだリターンは大きい。お客様が「すごいなぁ」と思ってくれるかも知れないし、ホテルマンへの信頼が生まれるかも知れない。
もしも口コミに書いてくれたりしたら、やりがいにも繋がるだろう。
自分の仕事は自分で楽しくしていくものだ。
ではなぜ、多くのホテルマンが「こちらの道をまっすぐお進みいただき、お花屋さんを右手に曲がるとコンビニがございます。」のようなご案内で満足してしまうのだろうか。
このやり取りでもお客様から小さなありがとうをいただけるかも知れないが、一番は、ウォンツに応える事で文句を言われる事がないからかも知れない。
お客様が訴えてきた手段が、必ずしもその目的を叶える最適解ではない事もある。
ぜひ、誇りを持って働いているホテルマンにはお客様を第一に考え、一歩踏み込んだサービスを追求して欲しい。