螺子の唄 (物語)
鉄製の本棚が、歪んでいた。パリの斜塔のように、右斜めに傾斜していた。螺子を絞め直さなければ、その傾きを直せない。右斜めに歪んで、165センチの高さに聳えるそれを見ると、心が不安になった。
本来、真っ直ぐであるべきはずの、鉄製の製品が、組み立ての不手際によって、歪んでいる。人間(というか私)の心も、この本棚のように、生き方の不手際によって歪んでいる。
「心の螺子を締め直す必要があるな。」と片付け途中の雑然とした部屋の中で、歪んだ本棚を見つめながら、想った。
螺子の唄を歌った。
***
『螺子の唄』
螺子。
くるくる心に浸潤する、感情の棘より複雑に。
螺子。
お前は右回りか左回りか。占い紛いで拗れたな。
螺子。
ドライバーで抜いてやる。間違い探しが終っても。
螺子。
片っ端から、抜いてやる。鉄製本棚、バラバラ死体。
***
作詞作曲は私だった。この唄を歌い終わると、バラバラ死体になって、爽快だった。バラけたまま放ったらかされて、本棚は、鉄屑になった。鉄の棚板のコーティングが少し剥げて、鉄の匂いが部屋に広がった。
「本棚の血だ。」と、そのバラバラ死体を見て、想った。「大量出血だな。血を流すことなく、大量出血だな。」本当は部屋の整理をしなければいけないのに、眠くて仕方なかった。