ちいさな神さま

ちいさな神さまがいた。ちいさな神さまは、天にある、うつくしい庭園から、地球を見下ろして、地上には、たくさんの善人がいると思って、無邪気にうれしくなった。そしておおきな神さまに
「神さま、私は地上におりて、人々のこころを、たしかめてまいります」と言った。
おおきな神さまは
「うむ。行っておいで。わたしは、ここで、人々とあなたを見守っていよう」と言った。

ちいさな神さまは、おおきな神さまから許しをもらったので、さっそく地上に降りて、貧しく、醜く、身寄りのない、ひとりの老人に姿を変えた。

ちいさな神さまは、まず、その醜い老人の姿で、教会のまえに座った。教会からはうつくしい鐘の音、讃美歌の歌声がきこえてきて、ちいさな神さまは、「きっと、あのなかには、たくさんの善人がいるのでしょう」と思って嬉しくなった。
さて礼拝がおわって、教会からたくさんの人々が出てきた。
ちいさな神さまは、道端に座って「うぅぅぅ、うぅぅぅ」と唸ったが、教会から出てきた人々は、だれも足を止めず、だれも老人に気を止めなかった。人々の目には老人の姿が映らなかったのである。
人々は、イエスさまに讃美歌を歌い、たくさん喜捨をして、礼拝して、こころを満足させて、家路についた。

老人は、がっかりしてそこを去った。

老人は、次に、お寺のまえに座った。お寺からは、やさしく心を落ち着ける御線香のにおいと、朗々とした読経の声が聞こえてきて、「きっと、あのなかには、たくさんの善人がいるのでしょう」と思って嬉しくなった。
さて坐禅会がおわって、お寺からたくさんの人々が出てきた。
老人は、道端に座って「うぅぅぅ、うぅぅぅ」と唸ったが、お寺から出てきた人々は、だれも足を止めず、だれも老人に気を止めなかった。人々の目には老人の姿が映らなかったのである。
人々は、お釈迦さまにお香を焚き、読経して、たくさん布施をして、坐禅を組んで、こころを満足させて、家路についた。

老人は、がっかりしてそこを去った。

老人は、地上には偽善者しかいないのかしら?と悲しくなった。老人は、たしかに苦しみの姿で、そこにいるのに、教会の人々も、お寺の人々も、誰一人彼に気付かない。
老人は、おおきな神さまに「主よ。人の心は、かたくなです。かなしいです。かなしいです」と泣いた。おおきな神さまは、沈黙していた。

老人は、どこに向かえば良いかわからず、ひとり、地上をさまよっていた。すると、ヤクザ者の集団に目をつけられて、遊び半分に殴られた。
ヤクザ者たちは
「よいおもちゃを見つけたぞ!そら。身寄りのない老人だ!殴って遊ぼう!」そう言って老人をボコボコに殴り続けた。
老人は、あまりの痛さに大泣きしたが、教会の人々も、お寺の人々も、やはり彼を無視した。

やがてヤクザ者たちも殴るのに飽きるとそこを去っていったが、老人は、ボロ雑巾のようになって、大怪我をして、道端に、倒れていた。

老人は泣きながら
「おおきな神さま、もう地上はこりごりです。天にかえしてください。ここには人の皮をかぶった獣と、信仰者のふりをした偽善者しかいません。もう地上はこりごりです。天にかえしてください」とおおきな神さまに訴えた。しかし、おおきな神さまは沈黙していた。

すると、その老人よりも、もっと貧しい親子がやってきた。その親子は、道端に倒れている老人を見つけると
「大丈夫ですか」と声をかけた。
息子は
「大変だ。はやく我が家に連れて行って介抱しなければ」と言った。
父親も
「ああ。はやく助けよう」と言った。そして老人に
「大丈夫ですか。もう大丈夫ですよ」と言った。

貧しい親子は老人を家に連れていって、老人が回復するまで、何日も何日も看病をした。自分たちの食料をすべて老人にやった。日雇いの仕事で得たお金で、殴り傷に効く軟膏を買って、老人にぬってやった。傷が化膿しないように、清潔な布で、何度も身体を拭いてやった。
親子は、ずっと、おおきな神さまに、祈りを祈っていた。自分たちの行ないが、自分たちの誇りにならないように、おおきな神さまに詫びながら、老人に奉仕をした。

一ヶ月のあいだ、親子は老人に献身的に尽くした。すると老人は怪我が治って動けるようになった。

老人は親子に
「ありがとう。しかしワシはもう死ぬだけの身。お礼は何もできないですじゃ」と言った。
親子は
「お礼など要りません。困っている人、貧しい人、迫害されている人が、私たちの神さまです。私たちを生かして下さった主に、少しでもお返しがしたかったのです。私たちは、ただ主の良き道具になろうと思っただけです。少しでも自分が、あなた様に何かをしてやったなどと思ったら、バチが当たります。本当に、ただただ神様のおかげなのです」と言った。
老人は、本当の善人を見て、ポロポロ涙を流した。老人は、ちいさな神さまの姿にはもどらずに、ずっと醜く貧しい老人のままでいつづけたのに、そんなことに関係なく、この親子は、おおきな神さまへの義を果たしていたのだった。

おおきな神さまは、天から、老人と親子の様子をみて、微笑んでいた。

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