定食屋

「シェイクスピアを読むことが、文学なのか」と高田は三村に行った。安っぽい定食屋の座敷に座って、二人は飯が運ばれてくるのを待っていた。「じぃー」という重低音で換気扇が回っていた。店内の壁は、油で汚れていた。窓から陽の差すところの壁は、白からクリーム色に変色していた。高田と三村の座っている畳は、毛羽立って、ザラザラしていた。
三村はその畳の毛羽立ちを指でしごきながら
「まずは先人に倣え、ってことさ」と言った。
「だけどさ、いつんなったら自分の、文学ができるんだ?先生たちを見てみろよ。自分で思想哲学を練り上げたり、小説を書くんじゃなくて、他人の作品に注釈をつけたり論文を書いたりしてるだけじゃないか。俺はね、他人の文学をなぞるんじゃなくて、自分の文学がしたいんだよ」と高田は熱く語った。
「まあ、お前、論文まだ全然進んでないからな」三村は皮肉っぽい表情を浮かべて高田に言った。それは図星だった。高田はさっぱり論文の作成が進んでいなかった。
「まあ、そうなんだけどさ」高田はバツが悪そうに言った。本当はこんなくだらない話をしている暇はなかった。論文を書かなければいけなかった。
「今年中に卒業するつもりないのか」三村は聞いてみた。
「いや、もちろん卒業はするつもりさ。論文だってこれから仕上げられるだろうし…俺が言いたいのはだね、そんな野暮ったいことじゃなくて」高田が熱を込めて喋っていると、豚肉定食とカレーライスが運ばれてきた。
学生二人は飯を運んでくれた店長に「ありがとうございます」と言った。店長は気楽に「はいはい」と言った。店長はシェイクスピアを読む必要も論文を書く必要もなかった。

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