短い物語たち

「あ」行のおとこがいた。「ん」音のおんながいた。

「塵をつもらせます」
「1000年かけても」
「万年かけても」

「あ」と「ん」のあいだにたくさんの文字が隠れている。「あ」行のおとこは、「ん」に近づこうとするが、「ん」音のおんなは、おわりの、さらにおわりに向かっている。

「あ」行のおとこは、「お」までしか行けない。そこでつまずき、また「あ」にもどる。ずっと始まりを繰り返している。

「ん」音のおんなは、「を」にさえもさかのぼることができない。ずっと終末にいて、さらにおわりの終末に向かっている。

・・・

ピストル。

「か」と「し」が撃ち殺された。悲報を聞いて、嘆いた。

耳のおくに沈潜する。

「か」と「し」の断末魔に耳をすます。

耳のおくに沈潜する。

沈没した情熱。

沈没した文字。

怒れるイカロス。

・・・

「あ」行のおとこは、「ん」音のおんなに、上記の内容で、手紙を書きおくった。ふたりは、「か」と「し」の葬儀で、はじめて顔を合わすことになった。

「あ」と「ん」をむすびつけて、彼と彼女は、一呼吸の「阿吽」になった。

「さらば」去っていった人々。
「きたよ」やってきた人々。

「ひつまぶしと、ひまつぶしって、似てるよね」
「音が似ているだけで、意味はぜんぜんちがうよ」
「…音が似ていれば、意味も似てくるんじゃないかな」
「そうかな?」
「きっとそうだよ」
ふたりの会話はそれきりだった。ひつまぶしは、ひまつぶしにならなかった。ひまつぶしも、ひつまぶしにならなかった。ふたりは、ひつまぶしも、ひまつぶしも、どちらもわすれて、いしやきいもを、たべた。
おいしかった。でも、ふたりの会話はそれきりだった。
さいしょでさいごの、おいしいやきいも。
ふたりはただしくはかなかった。

始まりの男と

終わってしまった女は

逆転しながら

卵を孵化させようと

している。誰にも

気付かれてはならない。

始まろう終わろう。

すべからく人生は

中間でありつづけなければ

ならなかった。

始まりも終わりもない

中間地帯で回転している

回転体が、男と女の

本性だった。

おわり。

いいなと思ったら応援しよう!