短い物語たち
「あ」行のおとこがいた。「ん」音のおんながいた。
「塵をつもらせます」
「1000年かけても」
「万年かけても」
「あ」と「ん」のあいだにたくさんの文字が隠れている。「あ」行のおとこは、「ん」に近づこうとするが、「ん」音のおんなは、おわりの、さらにおわりに向かっている。
「あ」行のおとこは、「お」までしか行けない。そこでつまずき、また「あ」にもどる。ずっと始まりを繰り返している。
「ん」音のおんなは、「を」にさえもさかのぼることができない。ずっと終末にいて、さらにおわりの終末に向かっている。
・・・
ピストル。
「か」と「し」が撃ち殺された。悲報を聞いて、嘆いた。
耳のおくに沈潜する。
「か」と「し」の断末魔に耳をすます。
耳のおくに沈潜する。
沈没した情熱。
沈没した文字。
怒れるイカロス。
・・・
「あ」行のおとこは、「ん」音のおんなに、上記の内容で、手紙を書きおくった。ふたりは、「か」と「し」の葬儀で、はじめて顔を合わすことになった。
「あ」と「ん」をむすびつけて、彼と彼女は、一呼吸の「阿吽」になった。
*
「さらば」去っていった人々。
「きたよ」やってきた人々。
*
「ひつまぶしと、ひまつぶしって、似てるよね」
「音が似ているだけで、意味はぜんぜんちがうよ」
「…音が似ていれば、意味も似てくるんじゃないかな」
「そうかな?」
「きっとそうだよ」
ふたりの会話はそれきりだった。ひつまぶしは、ひまつぶしにならなかった。ひまつぶしも、ひつまぶしにならなかった。ふたりは、ひつまぶしも、ひまつぶしも、どちらもわすれて、いしやきいもを、たべた。
おいしかった。でも、ふたりの会話はそれきりだった。
さいしょでさいごの、おいしいやきいも。
ふたりはただしくはかなかった。
*
始まりの男と
終わってしまった女は
逆転しながら
卵を孵化させようと
している。誰にも
気付かれてはならない。
始まろう終わろう。
すべからく人生は
中間でありつづけなければ
ならなかった。
始まりも終わりもない
中間地帯で回転している
回転体が、男と女の
本性だった。
おわり。