満州からの手紙#157【追憶の記】幼い頃の思い出より
お母さん
私の幼い頃の思い出を
覚えているだけ
このノートに書き留めておきます。
満州からの手紙#157「死にかかった思い出」
お母さん
青木家の裏手を二町程お大師堂へひきかえすと、小川の流れに小さな土橋がかかっているでしょう。
あの土橋の下に一寸小深いところがあるのですよ。
私は一度あの溝のような小川の土橋の下でおぼれかけたことがあるのです。
私達がいつもガネバイでぼちゃぼちゃぼちゃやる処は、その橋から約五間ばかり下へさがった処なのです。
其処へゆくには、橋の横方の石段をおりてすぐ前の小深い処の左側の石がけにはえた草をつかまえて下の浅瀬へゆくのでした。
こくさんが一番で次がとーちゃん、それから政木さんがいって、その次が僕の番でした。
いつも渡りそめていた処ですから足元は深くてはいれば背はたたなくても平気で渡っていたのです。
ところが、もっていた草がぬけてしまったから大変です。
足がズルズルとすべって、とうとう目の処まで水の中にはいってしまいました。呼吸も出来ねばおらびも出来ないのですよ。
私は腹一杯水を吞みました。
そして「もう死ぬのだなナ。助からないのだぞ!!」と思いましたよ。
私はあきらめて、やっと指のかかっている石垣から手を離すと、水の流れで浅瀬へはいつくことが出来たのです。
あの時程やれやれと思ったことはありませんでした。