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◇特集「東京から始まるオリンピック改革」

*「脱税金オリンピック」を目指せ

特集P38(写真)

人類の遺産を未来に受け継ぐために
ロサンゼルス方式を採用せよ

 新型コロナウイルスの感染拡大が収まらず、順延した東京オリンピックが開催できるかどうか議論されている。その議論も大事だが、そもそも近年のオリンピックは、開催都市に負担が掛かり過ぎるなどの理由から、開催地に立候補する都市が激減している。存亡の危機を迎えているオリンピックを、どうしたら後世に受け継いでいけるのか。オリンピックをこよなく愛する、東大卒の元プロ野球選手で、桜美林大学教授の小林至先生に話を伺った。

特集P39(写真)

小林 至(こばやし いたる)
桜美林大学教授。博士(スポーツ科学)
1968年生まれ。神奈川県出身。92年、千葉ロッテマリーンズにドラフト8位で入団。史上3人目の東大卒プロ野球選手となる。93年退団。翌94年から7年間、アメリカに在住。その間、コロンビア大学で経営学修士号(MBA)を取得。2002年より江戸川大学助教授(06年から教授)。05年から14年まで福岡ソフトバンクホークス取締役を兼任。テンプル大学などで客員教授、一般社団法人大学スポーツ協会(UNIVAS)理事、スポーツ庁スタジアム・アリーナ推進官民連携協議会の幹事。近著『スポーツの経済学』(PHP)など著書、論文多数。家族は妻と2男1女。

商業イベントに税金が
投入されることの違和感

――オリンピックはスポーツの祭典と言われる一方で、その運営方法に疑問の声も聴かれます。そういった声が囁かれる原因は、どういう点にあるのでしょうか?

小林 一つは、官と民がごちゃ混ぜになっていることでしょう。
 フランス人教育者のクーベルタン男爵は、スポーツによる青少年の育成と世界平和を目的に、1896年に古代オリンピックを復活させました。その理念は極めて公的なものですが、現在のオリンピックは、放送権やスポンサーを中心に9000億円近く売りあげる世界最大のスポーツイベントなのです。
 IOC主催の民間商業イベントを国や自治体が税金で財政補助をしているところに、多くの人が「何か胡散臭いな」と感じてしまっているのでしょう。私は、オリンピックは完全な民営にすればよいと思っています。

――過去のオリンピックを遡れば、官と民のバランスはどうだったのでしょうか?

小林 当初は、もっと公的な色が強かったですね。オリンピックを通して自分の国を世界にアピールしようとする国家イベントだったと言えます。ベルリンオリンピック(1936年)がヒトラーの国威発揚に使われたことなどはその象徴です。
 国家イベントなので税金を遣ってきたのですが、あまりに多額の税金を要するために開催に手をあげる都市がなくなり、民営でもよいなら、ということで引き受けたのが、ロサンゼルス(1984年)でした。

――ロサンゼルスオリンピックは、税金を1円も遣わず、その分、TV会社や民間企業から資金を集め、オリンピックを成し遂げました。

小林 本当はその後も、国や自治体が1円も出さないロサンゼルス方式を続けるべきでした。しかし、ソウルオリンピック(1988年)以降、IOCは、ロサンゼルスからは儲けのテクニックを継承し、税金を遣った国家イベントの部分はそれ以前に戻して、一粒で二度美味しいイベントへと変貌させました。
 ロサンゼルス以前のオリンピックは、その理念と感動を一人でも多くの人に伝えることを主眼に、放送権は安く設定していました。1964年東京五輪の放送権料は160万ドルでした。テレビの普及度も価値も、物価も全く違いますが、ちなみに言えば、2020東京大会の推定放送権料の2千分の1です。
 また、IOCの会長は初代から5代会長まで、報酬を1円も受け取っていませんでした。私はこうしたやせ我慢主義がスポーツを歪めたと思っていますが、この対価に関する議論は後でするとして、かつてのオリンピックはそういうイベントでした。

一番の無駄は
後利用を考えない競技施設

――ロサンゼルス以前は国家イベントで、ロサンゼルスで「儲けられる」ことに気付き、それ以降は、国家イベントと商業イベントが混ざり合う形になってしまったのですね。

小林 そうです。オリンピックがビジネスとして成立することが分かったので、それ以降、オリンピックを開催したいという都市がたくさん出てきました。

――オリンピックを開催した都市は本当に儲かるのでしょうか?

小林 開催都市は儲かりません。例えば、オリンピックと言うと外国人観光客によるインバウンド消費が増えると言われますが、オリンピック目当ての観光客が増える分、混雑などを回避してビズネス客が減るので、相対的に利益としてはマイナスになります。
 このことについては、ロンドンや北京でも検証済みです。経済効果があると主張しているのは大会関係者かその意図を汲んだ研究者です。私もオリンピック大好きですから、盛り上げたい気持は分かるのですが。

――オリンピックでは毎回多額の赤字が出ています。そこに加えて、国や自治体は税金を出すべきでなく、さらにその赤字を補うだけの経済効果も見込めないとなると、ますます予算的には厳しくなる一方です。まずは徹底的に無駄を省くしかないと思いますが、一番の無駄は何でしょうか?

小林 オリンピック以外では絶対に必要のない大規模競技施設です。

――新国立競技場(以下、新国立)はその最たるものでしょうか?

小林 新国立に関して言えば、本来、あれほど利便性の高い立地であれば、5~6万人を集めたイベントはいくらでもできるので、オリンピック後も有効活用しようと思えば可能でした。
 しかし、新国立には致命的な問題があります。それは、VIP席やプレミアムシートを作らなかったことです。ビジネスの鉄則に、売上の8割は全顧客の2割が生み出すという「パレートの法則」がありますが、スタジアムビジネスもこの法則があてはまるのは業界の常識です。しかし、そうしませんでしたから、年間24億円の維持費や、30億円の減価償却費を賄うことはできないでしょう。勿体ない話です。 
 もっともこれは新国立に限ったことではなく、過去のオリンピックは後利用を考えない施設作りの歴史でもあります。オリンピックを錦の御旗にしたバラマキ公共事業というこの構図に対して、世界中の経済学者がそのたびに批判しているにも関わらず、同じことが延々と繰り返されています。

――なぜそれは改善されないのでしょうか?

小林 これぞオリンピックの魅力・魔力ということでもありますが、構造的問題ももちろんあります。例えば、オリンピック招致委員会や組織委員会には、財政の責任を取る必要がありません。招致委員会は招致が終われば解散、組織委員会はオリンピックが終われば解散します。たとえ予算オーバーしても、借金が残っても責任は問われない。負担するのは開催都市です。
 この辺りは、IOCは非常に賢く仕組みを作っていると言えます。

P40(立候補都市数の推移)

開催地の立候補を廃止して
数カ国で持ち回り制に

――責任が曖昧になってしまう構造が、後利用を考えない施設作りに繋がってしまっていることも問題ですが、そもそも新しい施設を作ること自体を見直す必要があると思います。

小林 それに関しては、私は恒久施設を建てれば良いと考えています。スポーツ経済学の世界的権威であるアンドリュー・ジンバリスト教授も提唱している案ですが、例えば、柔道であれば、競技が盛んな日本とフランスとロシアに立派な施設を作り、その限られた開催地で持ち回り制にするのです。
 そもそも、開催地を決める度に競争入札する仕組みは、投票権を持つIOC委員を買収する汚職行為の温床で、オリンピックの将来のためにはやめるべきです。日本も今回のオリンピックを招致するにあたり、贈賄容疑によってJOC(日本オリンピック委員会)の竹田恒和会長が辞任しました。開催地を限定し、持ち回り制にすれば、そういった汚職は起こらなくなるでしょう。
 現実的にも、冬季オリンピックは、温暖化の影響で十分な降雪量が確保するのは難しくなっており、今や雪上種目が開催できるメジャーな都市は札幌とスカンジナビア半島とカナダくらいしかありません。屋内競技はどこででもできるかもしれませんが、アルペン競技などは本当に限られた場所でしかできません。
 競技毎に開催地を限定することで、それぞれの開催施設は各競技にとっての聖地的な場所となるでしょう。

――高校球児が甲子園に特別の思いを抱くように、良いモチベーションに繋がりそうですね。その他に、現状のオリンピックを改善したらよいと思う点は何かありますか?

小林 オリンピックの競技はマイナースポーツに限定すべきではないかという説はよく聞きます。例えば、野球、サッカー、バスケットボール、テニスなど既にプロスポーツとして発展していて、それぞれの頂点を決める既存の大会がある競技は、オリンピックから除外しても良いのではないかという意見です。
 しかし私は、オリンピックは世界中から各競技の最高のアスリート達が集う場所で良いと思います。土台、オリンピックが9000億円近い売上をあげているのはメジャー競技あってこそですから。ちゃんと稼いで、選手達に賞金を出すべきだと思っています。
 例えば、金メダルには1億円、銀に5000万円、銅に2500万円、入賞に500万円程度払うと、概算費用は2000億円です。夏冬合わせて8000億円以上のビジネスを展開しているオリンピックであれば、競技団体などへのバラマキを減らすことで、問題なく出せる金額です。足りないのであれば、競技場内に企業広告の看板掲載を解禁するなど、売上もまだ増やせます。

――賞金を出すことはどのような効果に繋がるのでしょう?

小林 賞金を出して初めてフェアなイベントになると思います。音楽家にしても、芸術家にしても、彼らの仕事は全て何らかの対価を以って認められるものです。学者でもそうです。ノーベル賞の賞金は1億2000万円です。チャリティーイベントにしても、本人には利益がなくても、対価は発生しています。私達が暮らす社会、すなわち貨幣経済においては、対価を支払うことがその人を評価する手段です。
 運営者側は放送権やチケットを市場価格で売って利益を出していながら、舞台に立つ選手達にはお金を入れないというのは、選手達への侮辱ではないでしょうか。サーカスでも、動物以外の人間は対価が支払われます。そう考えれば、オリンピックの選手達は動物扱いされていると言っても過言ではないでしょう。
 各国五輪委員会(日本の場合はJOC)や各競技団体を通じて、賞金をもらっているケースが多いですが、これもそれぞれの団体の幹部のさじ加減で決まるわけで、腐敗の温床です。やめたほうが健全です。

日本ほどオリンピックが
好きな国は世界でも稀

――2020東京大会では、マラソン会場が札幌へ変更になった経緯などから、IOCの運営姿勢を批判する報道も目立ちました。しかし、基本的に日本人はオリンピックを楽しみにしている人が多いと思います。

小林 こんなにオリンピックを好きな国はありません。チケット売上で見れば、前回のリオでは約321億円だったのに対し、今回の東京は、延期によって一部は払い戻しされましたが、900億円を超える売上がありました。人気競技だけでなく、普段関心の持たれないマイナー競技のチケットも全て売り切れました。
 国内企業によるスポンサー料も、リオが840億円だったのに対し、東京は3500億円と桁違いです。

――なぜ日本人はそんなにオリンピックが好きなのでしょうか?

小林 やはり愛国心が刺激されるのではないでしょうか。明治維新以降、日本は欧米の列強国に追いつけ追い越せと頑張ってきました。その思いを具現化する一つの場所がオリンピックなのだと思います。アメリカに勝ち、ヨーロッパに勝ち、日の丸を掲げるということが日本人にとっては特別なのでしょう。

特集P43(写真)

これまでは、日本人は日本人選手しか応援しなかったが、オリンピックは、他国の選手を通して、多様な文化を学ぶ絶好の機会でもある。

――今後のオリンピックに期待することはどんなことでしょう?

小林 オリンピックはスポーツをリードする役割があると思います。また、マイナースポーツの選手達がアピールできる場はオリンピックしかありません。
 オリンピックは、100年以上続いてきた、世界中が認知する人類の遺産であり、スポーツをリードするだけではなく、人類の可能性を称賛する素晴らしいイベントだと思います。時代に合わせて改革して、健全に継続して行ってもらいたいと思います。

――最後に、今回のオリンピックは中止すべきとの声も聞かれますが、小林先生はどういうご意見ですか?

小林 私は、たとえ無観客であっても開催すべきだと思います。日本人の観客をどの程度入れるかは、その時の感染状況を見て判断すればよいと思いますが、他国から観客を入れるのは、今の状況からは難しいでしょう。選手団を送ることができない国も少なからずあるでしょう。それでもよい。モスクワもロサンゼルスも多くの辞退国があるままに開催されました。
 オリンピックは、ほとんどのアスリートにとっては、一生に一度しかありません。このために彼らは血のにじむようなトレーニングを重ねてきているので、万全の形で迎え入れて欲しいと思います。
                       (取材・文 立川 秀明)

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