◇特集【ヒトの顔、表情】表情の解剖学
ヒトには豊かな表情で意識して感情を伝えることがある反面、繊細な心の動きが顔の表情に現れ、無意識に表情が出ることもあります。表情が果たす役割はとても大きく、相手にも自身にも大きな影響を与えるものです。
マスク生活で無表情に
ヒトは多種多様な顔を持っています。そこから生まれる多彩な表情によってたくさんの情報を与え、また、相手の顔や表情から瞬時に情報を読み取っています。このような意思や考えの伝達をコミュニケーションと言いますが、言語を介さずに表情だけでも十分にコミュニケーションを取ることができます。
表情は筋肉が作り出しているので、豊かな表情は表情筋を大きく動かすことで生じます。表情筋とは、顔面の皮下に存在し、目や口、眉などを動かす筋肉のことで、喜怒哀楽、様々な表情をするときに使います。多くの筋肉は骨とつながり、骨を動かしていますが、表情筋は筋肉の端が皮膚と付着しているため、相互に作用し複雑な表情を作り出せるのです。
最近はコロナ禍でのマスク着用による影響が取り沙汰され、表情筋の衰えについても指摘されています。これまでは人の視線を感じることで無意識に顔を動かして表情筋を使っていましたが、マスクで顔の半分を覆っていると緊張が解け、無表情になりやすいのです。そうすると、表情筋を使わなくなり衰えが進みます。
例えば、目の周りの眼輪筋が衰えると、血流が悪くなったり老廃物が溜まったりするので、まぶたがむくんだり、目元のしわ、たるみ、クマができたりします。口を動かす口輪筋が衰えると、しわやたるみにつながってほうれい線がどんどん深くなり、老けたような疲れた印象を与えることになります。
日本語では表情筋を使えてない
海外の人から見ると、日本人は表情が分かりづらいと言われます。
口を大きく動かさないことが要因の一つとして考えられています。日本人は普段の生活で表情筋全体のうち約20~30%しか使っていないのに対して、アメリカ人は60%も使っているそうです。日本語は、英語やドイツ語などと違って、舌や口まわりの筋肉をしっかり動かさなくても発音できる言語で、そのため表情筋をうまく使えてないのです。日本語しか話さない人は、普通に生活しているだけでは、口まわりの筋肉の30%程度しか動かせていないと言われています。
日本人の表情が分かりづらいというのは、言語的な面から見ても、感情を出し過ぎないほうが良いという文化的側面から見ても当たっていることのようです。
表情と脳の関係
人間に近い動物と言われているチンパンジーやゴリラ、オランウータンも人間ほどには豊かな表情ではありません。これは単に表情筋があるから、顔に表情が出るのではなくて、そこに脳が介在していることが大きく影響していると考えられます。人間は大きく発達した高度な脳を持ち、経験を集積してそれを活かせる知恵を持っています。
実際に手のひらの大きさは体表面積の1%程度と言われています。ですから、顔と手の表面積を併せても数%しかありません。しかし、大脳の中にある運動を支配する神経細胞のうち、顔の表情筋や手の筋肉を支配する神経細胞は全領域の約3分の2を占めています。これにより顔や手の筋肉が特に繊細で微妙な運動ができるという、ヒトの特徴が示されています。
表情についての理解を深めていくには、構造的な表情筋だけではなく、脳や神経が関わること、さらには喜怒哀楽などの感情の重要性についても理解することが前提となるようです。