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◇投稿【若い女性の自殺が増加していること】海外でもニュースになる極端な話

                      上川 健司 (千葉県船橋市)

どうしても不謹慎さが
漂ってしまう自殺の話

 「自殺」に関することは、不謹慎──、と思われることに触れてしまうので、どうかと思う事だが、近ごろの自殺報道を見聞きして思うことがあるので投稿した。

 もう20年以上前のことになる。国内で自殺研究の第一人者と呼ばれていた精神科医、大原健士郎先生(故人)と一緒に仕事をすることがあって、「自殺」について尋ねてみたことがある。

 大原先生とは学会開催のお手伝いをさせて頂いた間柄で、私はその分野の専門家ではない。大原先生は浜松市在住で、東京に来られた時に宿泊されるホテルは、大体決まっていた。ある日、「一緒に食事でもしませんか」と電話を頂いた。その道の第一人者である。話しをするといっても、下手なことは言えなかったが、素人の大胆さとでも言えばよいのか、あれはどうですか、これはどうですかと遠慮なく話しをした。

 それがかえって、大原先生には気楽だったのかもしれない。夕食を摂(と)りながら、「先生、人はなぜ自殺をするのですか」と聞いた。「そりゃ君、分かれば苦労しないよ」と、微笑みを浮かべて答えられた。

 その時は、素人に話しても分からないので、適当にあしらわれたと思った。だが、後日になって、大原先生は本当のことを言ったのかもしれないと思うことがあった。

 日本の自殺者の多さは世界的で、韓国に次いで2番目に多いことになっている。ことに、中高年の割合が多く、世界196カ国中、最も豊かな国に属する日本社会で自殺者が多いことは、現代における世界の七不思議になっていると言ってよい。

 日本政府にとっては、実に不名誉な現実である。むろん、何十年も前から自殺防止対策は講じて来ている。それでも、多い年で1年間に3万人以上の男女が自ら命を絶つ。折角生まれて来たのに、と思うのは素人の浅はかさであるらしい。

 自殺者が出ると、当人の経歴を手繰り寄せ、最近の様子を細かに調べ、もっともらしく自殺の原因にする。芸能人の場合などはよい例だ。死に口はなしで、そうだと言う自殺理由を覆す人はいない。

 だか、本当のことは分からない。分かったところで、取り返しがつくことでもない。「あぁ、気の毒に」ということで、日が過ぎると忘れられることになる。

海外のテレビ局が報じる
訳ありの日本事情

 昨今の若い女性の自殺急増には、「コロナ感染を苦にして」という理由が付けられている。確かにそうかも知れない。そうでないかも知れないが、「コロナ感染を苦に」とすると、肉親は別にして、周囲の人は納得する時の流れがある。

 政府にとっては、不名誉さが一つ加わったことになるのだが、自殺者の急増をコロナウイルス感染拡大の犠牲者であることにすると、政府の防疫対策は無策だと詰(なじ)ることができる、という怪しさが潜んでいる。 

 米国のテレビ局まで、日本では若い女性の自殺者が急増していると報じる。今時の話題として、視聴者の関心を引くには、格好の話題になるのだろう。少し内容を紹介することにしよう。

「政府の統計によると、日本の10月の国内自殺者数が年初来の新型コロナの死者数を上廻った。警視庁が発表した同月の自殺者は2153人と、前月から急増。一方、厚生労働省がまとめる新型コロナ死者の合計は、11月27日時点で2087人となっている。

 日本は主要国中、その時の自殺者のデータを公開する数少ない国の一つだ。(中略)自殺の問題に詳しい早稲田大学の上田路子准教授は、日本ではロックダウン(都市封鎖)が行なわれず、ウイルスそのものの影響も他国と比較して軽微だったにも関わらず、自殺者は大きく増加している。」という具合である。日本はコロナ感染死亡者より、コロナ感染を苦にして自殺する人が多い国だと言いたいのである。関連したことで警視庁は次のように発表する。

「11月の自殺者は1798人だった。前年同月比で11.3%(182人)の増加。自殺者は、2010年から2019年まで10年間連続で減少。2020年に入ってから1月から6月までは、前年同月比マイナスで推移していたが、7月以降は5カ月連続で増加している。1月から11月の累計の自殺者は1万9101人で、前年同月比より426人多い。」

 10月より11月の自殺者が355人少ない。自殺者の数を並べ、多い少ないと言うことは、誠に不謹慎なことであるが、自殺の理由が「コロナ感染を苦にして」という言い方に怪しさを感じる。

 自殺者が年間3万人を超えたのは、2003年頃である。その数を正確に言えば、3万4427人であった。男性2万4963人、女性9464人である。自殺未遂になると、その数は一挙に膨らむ。2016年の調査(日本財団)であるが、53万人の未遂経験をした人たちがいる。

 このような数字を少したどって見ると、自殺者が3万4000人以上の年に比べると、1万人以上も少ない現況を、「自殺者急増」と言うことは、こじつけというものであろう。まして、コロナを悲観し、苦にしてといった自殺理由は、ニュースづくりの姑息(こそく)なやり方である。

12P図

データ=nippon.com

日本の前途を予見した?
「生きる力」の教育課題

 どのような事情であるにしろ、自殺未遂者53万人は驚きである。その理由は、昨今のようにコロナ感染を苦にした失意による、と十把一絡げにするわけに行かないにしても、死にたいと思っている人の多さに、何故という思いしか浮かばない。

 文部科学省が小学生、中学生に「生きる力」を養うとしたのは1996年(平成8年)である。その当時、自殺者は男性で約1万5000人、女性で約7000人であった。

 子どものうちから生きる力を育てなければ、この先の日本は立ち行かなくなると、政府は危機感を膨らませたのだろう。

 皮肉なことに、予見は的中した。子どもたちに「生きる力」を学ばせた時から自殺者が年々増え出した。生きる力の教育を受けた世代が20歳頃の2006年に最多数となった。

 今、生きる力教育を受けた男女が、「コロナ感染を苦にして」というレッテルを貼られ、2万人近くが自殺している。その教育は無力だったと言いたいわけではない。教育が効を奏し、2万人で踏みとどまっていると見たほうがよいだろう。

厄介な天国主義と
地獄主義の選択

 自殺者心理については、山ほどの分析があるようだが、日本人は昔から自殺願望を持った民族ではなかったはずである。「切腹」「特別攻撃」を自殺とみる向きもあるようだが、生きる力があった上での行為である。

 現代は、生きて行けない、生きていられないと思い込む人が多くなっているということであろう。困難に直面すると死にたくなるのは、政府のせいか? 親のせいか? そうであるとも、そうでないとも言える。

 一頃、盛んに「過保護」と言われた時期がある。流行(はや)りことばだったのだろう。今では耳にすることはないが、政府から、親からの過保護によって、生きる力を失い自殺をするという見立ては、評論家、小説家のものであろう。

 さて、どうしたものか。150年ほど前、日本人が「明治」と言い出してから、死ぬと天国に召されると言うキリスト教的な死生観を輸入した。命を絶てば苦しみが消えるという思い込みは、そうした天国主義の影響であるかも知れない。

 片や東洋の儒教・仏教・道教交じりの「宗教」は、死んでも現世の苦しみを背負い、苦界でのたうち廻るという地獄絵を描いて、生きているうちに苦しみを解きなさいと教えた。

 どちらも極端と言えば極端な話である。人の心を繋ぎとめるため、宗教関係者は極端なことをする場合がある。「天国」と「地獄」を作り出したものの、それは言い伝えだと言う。では、誰が本当のことを解っているのだろう。

 こうした不確かさが、自殺者を増やすことになっているのではないか、という思いを拭い切れないでいる。

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