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短編小説:ここにいたい

 あなたが声をくれるから、
 私は目を開ける。

 どんな暗い時でも、
 必ず光を見せてくれる。

 例えそれが、
 どんな時代であっても。

 ※  ※  ※

 初めて出逢ったのは何時だろう。まだ私が小さな小さな稚魚だった頃かもしれない。

 あなたは水面に揺れる光。
 ふわふわと漂うだけの私。

 言葉なんて知らない。
 多分、それが最初。

 近くに居るだけで幸せを感じていた事だけは、確かな事実として私に刻まれている。

 次に出逢ったのは、互いに触れ合えるようになった時。

 あなたは大きな木だった。
 私は小さな鳥。

 風に身を揺らすあなた。
 あなたの実を啄む私。

 私を養い護ってくれた、大きな姿は頼もしかった。

 次に出逢ったのは同じ生き物として。

 あなたは雄々しい男鹿だった。
 私はあなたを狩る狼だった。

 最期まで勇敢で立派だったあなた。
 私に血肉を恵んでくれた。
 
 この前は同じ種族として生きた。

 あなたは野良猫。
 私は飼い猫。

 あなたの声に私は憧れた。しなやかで自由に走るその姿に追いつきたいと思っていた。

 今、横に眠るあなた。永い刻を廻って、やっと近くに来れた私たち。でも、それを知っているのは私だけ。あなたは何も覚えていない。
 
 ※  ※  ※

 私は決してロマンチストなんかじゃない。運命だとか、前世だとか、来世なんて、物凄く下らないと思っている。それなのに、何で私にこんな記憶があるんだろう。不可解でとても腹立たしい気持ちだ。

「おはよう」

 恋人が声を掛けてくる。同じ研究をして意気投合した、ある意味同志だ。研究に真摯に取り組み、研究だけが人生の伴侶だと思っていた私が、何故だか彼の前では寛げる。家族の中でも何処か居所が無いと感じていたのに、彼の前では信じられないくらいに自然に過ごせる。

「おはよう」

 寝ぼけて目を擦る。起き抜けの姿で異性の前に出る時が来るなんて、想像も出来なかった。でも、今は自然に息をするように出来ているのが不思議だ。

 朝日の中で挨拶。
 生じた影に彼の過去が透ける。
 私の自信が揺らいでいく。

 おはよう。

 声を掛けられる度に、揺れる光と風と葉擦れの音を感じる。森で見つけた強い瞳と、しなやかな身体が横切る。

 一緒に暮らして一年。徐々に鮮明になっていく記憶が辛い。どうして素直にあなたを感じられないのだろう。

「きっと私は欠陥品なんだ」
「えっ? 何言ってんの」
 
 意識せずに呟いた言葉をあなたが拾った。私を見る怒ったような顔。失望させたんだ思うと、どうしようも無く胸が痛い。でも、この胸の痛みは自分の心なのか、魂に刻まれた記憶のせいなのかが判らない。

 魂と心。
 この二つって、
 絶対、別のものだ。

 せっかくの二人揃っての休日。爽やかに差し込む朝日が眩しい。暖かい光の中で青葉がざわめく。目の前にはあなたがいて、私のために朝食の用意をして待っている。きっと、とても幸せ。なのに、私は泣いてしまう。

 自分とそうじゃない想いが交錯して、感情が荒れている。
 
 目の前に、大切だと想うあなたがいるのに。今の私はどうしようもなく独りで孤独だ。

 私はあなたを本当に愛している?

 人じゃない時からあなたを見ていたから、愛してると魂が勘違いしたのかな。 

 そう声に出して言ってみたい。でも、そんな事、出来っこない。頭がおかしくなったって思われて、病院へ行くように言われてしまう。何より、そう言った時に、あなたが私を見て浮かべるであろう表情を見るのが怖い。

 泣いてる私をあなたが抱き締める。どうしたのと言って撫でてくれる。とても心地が良くて、このまま一つに溶けてしまいたい。それなのに、そう感じる心を信じられないのが、とてつもなく辛い。

 私たち、一緒にいたらダメ?

 涙が溢れて、あなたのシャツが濡れていく。堪えていた声が漏れていく。

 あなたは私を強く抱き締める。宥めるように頭を撫でて、背中を擦るあなたの手。ひたすら優しいだけ。だから尚更辛くなる。

 どうしよう。このままじゃ私、きっと壊れてしまう。それでも離したくない。一緒にいれば心が魂に負けてしまいそうだ。

 心が壊れたら、私はあなたを覚えていられるのかな。私の心は魂に刻まれるのかな。でも、それは本当に私なのかな。

 今にも消えてしまいそうに感じる。しがみつくように、背中に腕を回した。あなたの心臓が大丈夫だよと言っているような気がして、私は顔を上げた。

 あなたの笑顔が見えた。
 あなたから言葉が流れた。

「おはよう。僕は何度でも言うよ。今までみたいに何度でも。君を照らして、君を養い、時には敵対しても。例え何かに阻まれていたって、僕はどんな事をしても、君に声を掛け続けるよ」

 まるで私と過ごした時を語るように。

 本当はあなたも知っていたのかな。それとも偶然なのかな。問い質してしまったら楽になれるのかな。

「おはよう」

 あなたが儀式のように口にし、涙の残りを指ですくう。

「おはよう」

 私は返す。ぎこちない笑顔で。

「おはようって良いよね。何かが始まる言葉なんじゃないかな」

 光の中であなたが言った。

 言葉に力があるのなら、毎朝私に言って欲しい。そうしたら、おはようって言われる度に、あなたを想う心が目覚めるから。だから、あなたが言ったように、何度でも言って。

 おはよう。

  今の私を繋ぎ留めるために。

〈了〉


『 monogatary』のお題「おはよう」で書いた物をちょっと手直し。現在、退会しており、掲載はコチラのみにしました。

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