書き続けるために、奄美大島の鶏飯を食べる
奄美大島空港からタクシーに乗り、宿までの道中で鶏飯の店に行ってほしいと頼んだ。
「おひとりで。お仕事ですか?」
「はい。私、物書きなので。取材旅行です」
そう答えたい気持ちを抑える。残念ながら私は物書きではない。事務職の勤め人である。それなりの給料ながら将来の不安はあるし、日々の満員電車も、得意先からの問合せも苦手だ。
苦手な仕事を頑張るため、年に一度は一人旅をする。あれもこれもと欲張らずのんびり心身をリフレッシュさせて、また一年仕事ができるように自分を整えるのだ。
火傷しそうな鉄鍋から掬った出汁を、薬味と具材をてんこ盛りにした白米にかける。出汁の表面で鶏の脂がグラリグラリと揺れていたのに口に含むと爽やかな香りが鼻に抜けていくのは、鶏飯には定番の陳皮の仕業である。おいしいのは当然として、出汁と柑橘が合わさった爽やかな香りの意外性が印象的だった。旅先のおいしいものや、それが生まれた土地の背景などを、家族だけでない誰かにも伝えたい。物書きに憧れる理由である。
宿で床に就く前、ベランダからあちこち眺めていた。十月末でも奄美の秋はまだ遠い。昼間にふらふら散歩した宿の敷地を眺める。畑に植えられた名前も香りも知らない柑橘の実は青くて硬そうだった。
いつか絶対、私は物書きだと名乗ってみせる! 過剰に膨らんでいた私の自意識が誓いを立てさせた。
お土産の鶏飯の箱の上で、ノートパソコンに文章を打ち込みながらフライトを待っていた。ビジネス客の多い大阪や東京ならともかく、奄美大島空港でそんな人は珍しい。
旅行から戻り、苦手な仕事と向き合いながら、毎日書いて、書いて、書いた。翌一月、旅行に関するエッセイ公募で大賞を受賞した。自宅で鶏飯を食べる度、あの香りが誓いを思い出させてくれたおかげだ。お土産はとうに食べ切ってしまった。
誓いを新たにすべく、再び旅に出よう。