お天道様ノ掴み方- 15
「何をしたらいい?」
「・・・血を流せ。夕よ。その、汝を染め上げる、赤い血を」
開口一番に、彼女は僕に、そう告げる。
「え!ち、血?!」
「そして、汝が寄越すのじゃ。妾に血を」
彼女の話は、いたく、簡単だが、同時に、えらく、猟奇的だった-
「えと・・それは?」
「何、慌てるでない♪」
彼女はそう言うと、彼女はちょこちょこと僕の背後へと周り、そして、同時に、僕の背中へ飛び乗った。すると、えらくニコニコとした表情で、僕にそう告げた。
「そなたの血を、ほんの少〜し、分けてもらうだけなのじゃ♪」
「え?な、なんだ、それ?い、意味がわからな-」
そう言いかけた時、彼女は-
「あ〜んっ、かぷ♪」
と、一瞬、僕の左肩へと噛み付いたのだった。
そして・・・
「痛ったあ?!」
「ハイ、終わり♪」
とだけ言い残したが、後はもう、何もないという。
「い・・いたく、簡単なんだな・・」
「ほうじゃのう。でも、これは大事なことなのじゃよ。そして、時に猫娘よ」
「は、はいぃ!」
一連の動きを見ていたであろう彼女、響は、その彼女の恐ろしさ- いや、その絶大な片鱗を垣間見させられてからは、すっかり、彼女のことに対して、怯えていた。まるで、急に尻尾と耳をビクン!と立たせた、猫のように。
「やつにのう。『音』を渡せ、そなたの・・ほうじゃの。その響き渡る透き通った声が良いのお。・・って、お主、聞いておるのか?」
「怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない・・・」
響は一人、部屋の隅っこで、何故だかどことなく彼女らしい呪文のような何かを唱え始め、ガタガタと震えていた。・・そういやこいつ、人一倍、怖い物とか苦手だったっけ・・・。まあ、猫ってやつも、基本的に、大概臆病だしな。だから、案外、彼女には、あれは似合っていた姿だっのかもしれない。
「響。汝、そなたは妾の話しを聞いておるのか?」
「え・・?は、は、は、はい・・・っ」
一瞬だけビクッとなった彼女は、振り向きながら、そう答える。
「じゃったら、素直にその音色を渡せ。さもないと・・」
彼女は、ニタリと笑いつきながらその唇をニタつかせると、彼女へと近づきながら、わしわしとその両手を揉みつかせる。
「い、ヒイイイイイィィィ!!!!?」
と同時に、彼女は、彼女のあまりの恐ろしさに根を上げてしまったのか、僕も、今まで聞いたことのないような悲鳴を上げたのち、泣きながら僕の足の後ろ元への、背後へと隠れてしまい、後ろ向きになりながら身を小さくし、ブルブルと震えている。
・・僕には半ば半分、遊んでいるくらいにしか見えなかったけどな・・・
「おい・・響を、あまり怖がらせるなよ」
「キシシ」とだけ笑う彼女だったが
「まあ、喉を渡せというのは、さすがに、軽い、そして、半分ジョークなのじゃよ」
・・は、半分かよ。
「キュウゥゥゥゥ〜ン・・・・・」
すっかり僕の後ろで怯え切ってしまった響をもとに、妖が、何か小さなもの、そう。数珠の付いた「鈴」のようなものを一つ、僕に手渡してくる。
「彼女との、契約の証じゃ- 即ちそれは、共鳴の器具であっての?妾との連携に役に立つぞ?そいつが必要になったら、そいつを鳴らせ」
「え・・な、な鳴らせって・・こ、こうか?」
-チリンッ(鈴の音)
「・・ニャッ!?」
「?」
僕は鈴を一回鳴らすと、その瞬間、なんと、彼女、そう- 響は突然、猫のような耳を頭に生やしたのち、髪の毛が、なんと淡い真っピンクに染まり始める。そして、最後に尻尾までをも生やした、正真正銘、本物の「猫娘」の姿へと、変貌する。
これがその響の力ってやつなのか・・なるほど。
・・が、しかし。
「ホ〜レほれほれ」
妖が、どこからか取り出した(多分四○元ポケットだ)であろう猫じゃらしを、変身した姿の響にじゃらつかせると、響は、その尖った爪を立たせながら、まるで、本物の猫みたいに、威嚇し、それに向かって戯(じゃ)れつき始めた。
「ニャッ!ニャッニャッニャッニャッニャ!」
楽しそうに、そして、無邪気そうに戯れる響に対し、僕は-
「・・・本当に大丈夫なのかよ。こんなんで」
と、半ば半分呆れた顔になりつつ、彼女にぽつりとそう、呟く。
「大丈夫なのじゃ!そして、ホレッ。必要になったら、こいつも使え」
と、どこからか取り出したであろう(二回目はないぞ)リュックサックをゴソゴソしたのち、ポイっと、僕に対し、一冊の、薄いノートのような物を投げつけてくる。
「・・?何だコレ?本・・?し、しかし、何も書いて11ないぞ?」
「それはの、妾お手製の、特別な『経典』なのじゃ」
「経典?あの、お経とかが書いてある?」
「ほうじゃ。そいつはのう?凄いぞ?いざとなったら、もの凄い力を得る。必要になった時は、そいつも使うが良い」
「ひ、必要になった時って、こ、これ、何も書いてないじゃないか」
投げて渡された本のページは、まるで、これじゃ子供の持つ自由帳か何かなのかと言わんばかりの、真っ白なページ以外、何もない。
「試しに使ってみるかの?」
と言うと、彼女は、僕に、その本の細かい、使用方法みたいなものを説明した。
「その本のページを適当にパラパラッと捲(めく)りながら、妾のことを念じ『ご法度!』と呟くのじゃ」
僕は、言われるがまま、彼女の言う通りにしようとした。すると-
「・・・ご法度!」
(稲妻が落ちる音)
「ぎいや!」
そう言った瞬間、何故か、僕に小さい落雷のようなものが降り注いでくる。
「き、聞いてないぞ・・.こんなの」
力量によってはあわや感電死するところだった僕に対し、彼女は、僕に、こう言ってのける。
「大丈夫なのじゃ。いざとなったら、妾が全て指示を出す!」
・・本当に大丈夫なのかよ。こんなんで・・・
傍らで「ホ〜レホレホレ」と響と(で)遊ぶ妖は、彼女に猫じゃらしをじゃらつかせながら、僕にそう言いった。
もう、何が何だか・・
-それから小一時間は経過したであろうか・・彼女は、一通り響と(で)遊び尽くして飽きてきたのか
「それじゃ、じゃあの♪必要になった時は、妾の名を呼ぶんじゃぞ♪」
とだけ言い残し、「よっ」と言い、僕の背中へとよじ登ると、一人また、天井へとスライドし、去っていった・・・。
・・それにしても、わざわざいちいち天井から帰っていくことはないだろう。それも、僕の背中越しから。
同時に、響のやつは、妖と半分遊び疲れてしまっていたのか、ベッドの上で丸くなり、猫娘の姿のまんま、くうくうと寝息を立てて、寝てしまっていた。
「フウ・・さて、僕も帰るか・・・」
僕は、もはや今では忘れかけていたであろう、もたれかかって倒れかけてしまった本棚と、床に散らかって散乱した、教科書や何かの本やらを元の位置に戻すと、一人「お邪魔しました」とだけ言い、帰っていく。
何故か響の母さんに「今夜は泊まっていけば?」と、執拗に念を押されたが、僕は、そうした場合何かが怖いので、一応、配慮をしながら遠慮をすると、残念がる母親を尻目に、一人、家に向かい、歩いていく。
・・できることなら、何も、こんな物使わずとも、無事に、このまま何も起こらずにいてほしいもんだが・・果たして、一体、どうなることやら。
「妖焔(カゲロウ)ヲ響カセテ-」終