アーノルドの犠牲となったロバートソン~凡庸なCB化の是非~
22-23シーズンの終盤戦でリバプールを連勝街道に導いたのは、アーノルドの偽SB化による新システムである。ボール保持の局面で右SBのアーノルドがボランチの位置に入り、3-2-2-3を形成する。コンパクトな距離感でトランジションでの強度を生み出し、中に入ったアーノルドからの自由自在なパスで攻撃を組み立てる。SBとしてのアーノルドの守備力の低さを軽減しつつ、固定砲台としてのパスの選択肢を増やすことに成功した。これによって、一時期の低迷から一転、奇跡のCL権獲得も見えてきた。
しかし、アーノルド中心の新システムが全てを良い方向に導いたわけではない。様々な弊害が生じていることは確かだが、今回は1番の被害者とも考えられるロバートソンについて考察していく。
①SBとしてのロバートソンの評価
ロバートソンは左SBとしては世界でもトップクラスの選手だと私は考えている。特にロバートソンが優れているのは圧倒的なプレー強度と判断の質の高さである。
左SBの位置からボールを運ぶ(前進させる)ことが得意であり、時にはそのまま右に展開してフィニッシュの場面に顔を出すこともある。ボールを失わないだけでなく、個の力でサイドを突破し、攻撃に厚みを生み出すことができる存在は稀有である。
ロバートソンの積極的な攻撃参加を可能にしていたのは主に2つの要素によるものが大きい。1つは彼自身の運動量の多さによるものである。1試合を通して走り続けることが可能であり、チームの中では怪我も少なくコンディションも安定している。これによって、ロバートソンをマークするサイドのプレイヤーに対して優位に立つことができる。仮にボールを失っても、決して手を抜かずに持ち場に戻るため、致命的な場面に至ることはそこまで多くならない。
もう1つはチームの守備構造によるものである。長年採用されてきたハイプレスの4-3-3では、両SBがサイドの高い位置でプレーをするため、ロバートソンは大外のレーンにポジションをとることが多かった。そのため、彼の役割は大外での上下動に限定され、能力を存分に発揮することができた。その結果、相手のサイドアタッカーはロバートソンを警戒してついていく必要があり、自然と相手の攻撃力を削ぐことができていた。加えて、最終ラインにはファンダイクを含む強靭なCBが2枚残っており、カウンターの場面では屈強な相手の対応は彼らに任せることができた。
ロバートソンはフィジカル面での能力で相手を上回ることはできないものの、SBとしての役割に専念させることで、彼の強みを引き出しつつ、彼の弱みが露呈しないような構造に出来ていたというわけである。
②CB化によって失われる強み
上記したように、ロバートソンは左SBとしては非常に優れた選手である。しかし、22-23シーズン終盤から採用され始めた新システムでは話が変わってくる。保持の局面ではアーノルドが中盤に入るため、バランスを取るためにロバートソンは左CBの位置に入ることになった。
自陣からのビルドアップだけでなく、敵陣に侵入しても3-2-2-3の配置は変わらない。新システムにおいて、ロバートソンは左SBとしてプレーすることができなくなったが、この事実が彼に大きな損害を与えている。
1.発揮されない推進力
上述の通り、ロバートソンは左SBではなく、左CBとしてプレーすることになった。これによって、攻撃時のロバートソンの立ち位置が4-3-3時と比較して確実にゴールから遠ざかってしまった。また、CBである以上、むやみやたらに攻撃参加することが不可能となり、ロバートソンの持ち味である豊富な運動量を活かした上下動も発揮されにくくなってしまった。
2.アシスト性能の低下
1で触れたように、プレーエリアの変更によって、ロバートソンは積極的な攻撃参加ができなくなった。しかし、ロバートソンの強みである高精度クロスは左サイドの高い位置からでないと十分に活きてこない。飛び道具としてあらゆる位置から決定的なパスを供給できるアーノルドと比較すると、ロバートソンはやや汎用性が落ちるのは事実である。にも拘らず、ロバートソンがCB化してしまうと、彼のアシスト性能は著しく低下する。勿論、セットプレーでは違いを出せるものの、それ以外で能力を発揮することは少し難しくなってしまった。
3.左サイドでの優位性の喪失
これに関しては、ロバートソンひとりに限った話ではないが、リバプールの強みであったサイドでの質的な優位性は確実に失われる。4-3-3ではWG+SBで瞬間的な優位性を生み出し、サイド突破から得点機会を創出してきた。しかし、ロバートソンの攻撃参加が遅れてしまう3-2-2-3では、サイドで優位に立つことが難しい。実際に3-2-2-3を採用した試合では左サイドを綺麗に崩す場面はほとんど見られなかった。
ロバートソンの存在はリバプールの左WGを常に助けてきた。状況に応じたスペースへのデコイランなどによって、左WGは選択肢を増やすことができた。しかし、ロバートソンがいなくなると、左WGはより個の力での打開が求められるようになる。怪我の少なくないジョタ、復帰から少しずつ調子を戻しているディアス、技術面での改善が必要なヌニェス。リバプールの左WGにはロバートソンの助けが必要なのではないか。
3-2-2-3は攻守のバランスを踏まえて採用されているが、その代償として失っているものを忘れてはならない。
③攻める者から守る者への変化
これまで、ロバートソンの守備力が問題視されることはほとんどなかった。それは勿論、右SBのアーノルドに注目が集まりやすいことも要因として考えられるが、SBとしては十分な能力をロバートソンが身につけているからでもある。
ロバートソンが対峙する相手は基本的にスピードのあるWG(SH)である。彼らは敏捷性に優れている一方で、必ずしもフィジカル面(体格)を武器にしているわけではない。そのため、ロバートソンは決して大柄な選手ではないが、そこでのミスマッチが発生することは多くはなかった。
加えて、上述した攻撃性能によって、相手はロバートソンのマークについていくことが多く、対峙する相手の攻撃自然と牽制できていた。
しかし、SBとしては不足ないロバートソンもCBの枠組みで評価することになるとどうしても厳しくなってくる。ロバートソンは身長178㎝と決して高くはなく、CBとしては正直物足りない。同チームのCBファン・ダイクは195㎝、また、ライバルクラブのCFハーランドは194㎝、ハリー・ケインは188㎝とどうしても高さが重要になってくる。そうなると、どうしても空中戦でのミスマッチは以前より発生しやすくなる。今後もロバートソンがCBとしてプレーする機会が増えれば、当然対戦相手はロバートソンとの空中戦を狙ってくるだろう。
左SBとして自身の強みを相手に押し付けてきたロバートソンは今後自身の苦手な領域での戦いを強いられるようになるのかもしれない。
④おわりに
ロバートソンはアーノルドを輝かせるシステムの犠牲となったが、それでもポジティブな要素が全くないわけではない。
1.運動量に依存しないプレースタイルの可能性
ロバートソンの強みは間違いなく運動量にあるが、ロバートソンも今では29歳(1994年3月11日生まれ)である。年齢を重ねることによって、運動量が低下することは一般的であり、ロバートソンも同様であると考える方が自然である。しかし、従来の4-3-3では攻守の上下動が求められてしまうため、近いうちにロバートソンが機能しなくなるリスクは存在している。
しかし、3-2-2-3で左CBとしてプレーする場合は、4-3-3よりも運動量を必要としない。後方から試合を積み立てつつ、セットプレーでアシストするという新しいプレースタイルが機能すれば、ロバートソンをより長い間活躍させられるかもしれない。
2.左CBから左WBへの移行の可能性
今の3-2-2-3にはWBが存在しないが、このシステムの核はアーノルドを中盤のボランチに配置することであり、WBがいてはいけないというわけではない。つまり、将来的には3-4-3や3-5-2が採用される可能性も0ではない。そうなると、ロバートソンをWBに置いて、彼の攻撃性能を活かすことができるかもしれない。
それには、左CBや右WBの補強が必要にはなる(ゴメスやコナテが担当する可能性もある)が、3-2-2-3に拘る明確な理由が存在しないのも確かである。
リバプールが世界に誇る両翼としてアシストを量産してきたアーノルドとロバートソン。3-2-2-3では彼らの役割が明確に変化したが、今のところポジティブな雰囲気を感じることができる。彼らの将来の分岐点であることは確かだが、これが新たなる躍進につながることを期待している。