昭和亡霊工場(2)
第二部:不吉な影
山本健二が姿を消して数日が経った。警察の捜査も進展せず、工員たちの間には不気味な空気が漂っていた。それでも工場の稼働は止まらない。注文が詰まっている以上、仕事を続けるしかないのだ。
そんなある夜、夜勤の工員・坂本が異変に気づいた。
「工場長、ちょっと来てください」
坂本は青ざめた顔で田村を呼んだ。彼が案内したのは工場の奥、普段は使われていない廃材置き場だった。埃っぽい床に、黒ずんだ染みが広がっている。
「……血か?」
田村は膝をつき、指でそっと触れた。乾いてカサついているが、確かに血液のようだ。こんな場所で、誰が? まさか山本のものなのか?
「気味が悪いですね。警察に知らせますか?」
「いや、今はやめとけ」
田村は言いながら、背筋に嫌な寒気が走るのを感じた。こんなことは、昔もあった気がする。戦後すぐ、この工場を建てた頃——。
その夜、夜勤の工員たちは落ち着かない気持ちで作業を続けた。旋盤の音が響くなか、工場の奥から何かが聞こえた。
——コツ、コツ、コツ……
「……足音?」
時計を見ると深夜2時。こんな時間に誰が? いや、誰かいるはずがない。夜勤の工員は全員ここにいる。
坂本が恐る恐る奥へ進んだ。
「……誰かいますか?」
返事はない。だが、ふと、鉄製のロッカーの陰から何かが覗いているのが見えた。人影……のようなもの。
「うわっ!」
驚いて後ずさると、それはスッと闇の中に溶け込んだ。
「おい、どうした!?」
田村が駆け寄ると、坂本は顔面蒼白で震えていた。
「……人が……いた……」
田村は懐中電灯を取り出し、ロッカーの奥を照らした。そこには誰もいない。ただ、埃っぽい床に、不自然な足跡だけが残されていた。
翌日、工場の古株である職人・佐々木がぼそりと言った。
「……昔、この工場ができる前、この土地には軍の施設があったんだ」
「軍の施設?」
「ああ。戦争中に極秘で何かを研究してたらしい。終戦と同時に資料は焼かれ、地下施設も封鎖された……はずだった」
田村の背筋に冷たいものが走る。
「地下施設……?」
佐々木は続けた。
「この工場の地下には、まだ何かが眠ってるのかもしれねぇな」
その言葉が、田村の頭から離れなかった。
翌日、工場の片隅で、新たな異変が見つかった。
工場の床に、深い亀裂が入っていたのだ。
その隙間から覗く、暗い空間——。
「まさか……地下室……?」
田村は息を呑んだ。
(続く)