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【序3-3/3】 陽香漂う倭國

陽香ロマンただよ倭國わこく

國長祖父と父はかりごと

1 力の奴國
2 誓いの実行
3 情熱の言葉と貝輪うでわあかし

情熱の言葉と貝輪の証

 さてロンは捕まり深手は負ったがとどめを刺されなかった。
あの時コエの角笛つのぶえと共に黒い影の動きがあり又一時退却の報せが鳴ったことで縄で引きずられる中、どうにか荷車に忍びこめられた事でかろうじて一命をつなぎ止めた。

そのロンは奴隷船の中にいた。
死の淵をさ迷いながら狼の夢を見た。
崖の上から眼差しを送る狼。

狼は恐ろしい存在で怖れる余り、民の心は神聖なる神の使いともあがめる対象へと昇華をする。

ロンは死の淵で思った。
あの黒い影は真剣な振る舞いを見極めるあの幼い時に出会った狼なのではと。

狼は語りかけた。
「文字が読めない? 文字がどうした! お前の親は読めるのか? 読めなくても立派にお前をここまで育ててきたじゃないか」
ロンの深層心理にある思いを見抜きさとしていた。

「大事なものをお前は見えなくなったのか?
かなめは語りかける言葉の、はぐくむ想いぞ。 救おうとする想いを表す手段が声であり言葉ぞ。 その手段が文字に変わっただけだ」
悲しい眼差しを送りつつ続けた。

「言葉を現す文字は心に残ると同時に時に刻まれる。だからこそ慎重に扱え。 声を映す文字は時には励ましになるが、時には争いの火種にもなる。 言葉もそうだが文字を操る者は話すとき以上に魂を込める必要がある。 お前は書けなくていい。 読めなくていい。 その代わりワシが認めた男だ! 長としての魂を磨け!」 
人間の過ちを既に見てきたような達観した思いで狼は正した。
また、これまでロンの生き様を見てきた親のような思いで語った。
「どうしてもお前が学び、読むことを望むと言うのか。  いいか! ……書かれた文字の魂をも見抜けるとお前がいうのなら私はお前を信じるしかない」
厳しい中に哀しく優しく包み込む厳愛の情が込められていた。その魂の語りは姿と共にいつしか消えていた。

拳を強く握るロンの姿は海中に沈みかけていた。

はかく消えつつもあるその命の灯火は海中にゆらめき、伸びてきた数本の腕と触手に支えられその者らに運命は託された…。

悲しく響く遠吠えが遠くから…いつまでも心にこだまする……。

いつものように奴隷船が大陸に着くと父シンは、奴國から送られてくる奴隷の姿を見ては、めぼしい体躯からだを見つけてはかくまって育てていた。
パク(シン親子を助けた家の子供でシンと同世代)は波に浮かぶ食料や金目のものを探していた。そこへかろうじて息のあるロンが流れてきた。
シンが馬車を引いて帰ろうしたところへパクが仲間と共に長い木片の上に寝かせたロンを見せた。
シンはまずイモガイの腕輪が十個以上輝いていたのが気になった。
死んでいるのか?と聞くと、虫の息だからもうすぐ死ぬだろうとパクは答えた。
取り巻きらは、無駄な労力は御免とここに捨ててもいいかと土手から転げ落とそうとかたむけた。
慌ててシンが馬から降りるや取り巻きらを掴まえて言った。
「待て!貝輪うでわをこれだけはめている奴だ丁重に葬ってやろう。このまま屋敷まで運んでくれ」
馬車とシンたちが屋敷に着く頃は陽も落ちて家の従事じゅうじたちが松明たいまつに火を灯しはじめていた。

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