【試練 1/2-3】 陽香漂う倭國 ~娘たちの想い~
陽香漂う倭國
試練
1 政 治
2 呼応
姉さまを苦しめる
生贄という慣習。
ソアラ様 国を司るその立場から心を鬼に。
どのように ご判断されるのでしょう__
政 治 3
微妙な顔をしてソアラは小さく仕方ないとうなずいた。 そして次の声を掛けようと息を吸った瞬間、後ろの扉が勢いよく開いた。
「おばん! でざまーす!」
と元気な声で男子が入って来た。
セキという少年がその師匠にあたるガンに伴なわれて入ってきた。
給仕を仕切るレンさんの指示でお粥を皆に持ってきたのだ。
これまでの重苦しい空気を変えたのは言うまでもない。今は貴重なお米。 皆、丸一日何も口にいれていなかった。
しかし、ソアラはセキの後ろに立つガンを睨みつけ「入ってくるなら外から一言声をかけて入ってこい!日女様に失礼だろう!」と。
大臣級の重鎮の一喝は、米粥の甘い香りにつられて鳴りだした皆の腹の虫をも黙らせた。
「あー、せっかくのレンさんからのご好意。まずは腹にあったかいものを入れて見ますか?」
エイはすかさず、重苦しい状況を打開するには気力と体力を落としてはならんと、お椀を皆に手渡しながら、ソアラに促した。
ソアラも日女の手前大きく息を一つ呑むと
「エイの言う通り、出来ることを腹が減ったと言って見逃されたとなっては話しにならんな」
と優しい口調で言い繕った。
「レンさんのせっかくのお気遣いです、皆で美味しくいただきましょう」
とエイが言うと
ガンの弟子セキは
ソアラからの叱責をくらって泣き出しそうだった顔を一変させ調子よく
「そうなんです。どうぞ、どうぞ。皆で美味しくいただきましょう。 レンさんのせっかくのお気遣いですから」
と、まだ涙目ながらも幼さが残った声だったがエイの雰囲気を真似して言うものだから、一気に場の雰囲気が和んだ。
続けてセキは、
「でもやっぱり何といっても我が鬼クニで取れた海苔と塩が格別でしょう?」
とヨダレが出てるのも気づかずニヤついて周りの反応をうかがった。
皆その幼いドヤ顔に爆笑してしまった。
ソアラの一喝で一番に凍りついていた
ガンも(お前は!)と言いつつセキの頭をグリグリして笑い、日女も吹きこぼさないよう我慢するのに必死だった。
「さすが師匠ガンの弟子だ! セキは師匠のお調子モンの性格までしっかり学び取っとる。いやその上をもういっとるんじゃないか!」 と
まさかのリンがその野太い声で二人を茶菓すものだから、屋根が吹き飛ぶぐらいの笑いがおきてしまった。
これにはさすがの日女もよじれる腹をおさえながら吹き出してしまった。
わずかな時とほんのささやかな粥ではあったが 皆の心が落ち着く場所はやはり今の、ここが全てなんだなと日女は確信をもった。
貴重なひとときであったと人知れず心を固めた。
そんな笑いの中でもソアラとエイの目は次に打つ一手を模索し確かめあっていた。
ソアラは先ほど言いかけた事を日女の耳元で囁いた。
今夜と言っても今がその今夜ですぞ。
いや、もうすぐ夜が明けるやも。
あまりにも長く時間をかけていた。
時の無い事を自覚した日女は
暗がりの闇が解かれ、仄暗く周辺の山々が視認出来るまでには返事を致しますと
心に決めるかのように
ソアラを見た。
すぐさま、ソアラはエイに視線を送った。
エイが咳払いをすると皆がそこに視線を注いだ。
エイから各部所に戻るよう指示が下ると皆それに従い急ぎ部屋を後にした。
日女はひとまずこの粥の給仕をしてくれたレンの元へ向かった。
エイは各クニの長にムラ長と各職長に、より詳細な被害状況と民の声も集めておくよう指示。
また、各クニの青年団にも組織体制が整い次第、クニ長のもと手足となり首尾よく当たるよう付け加えた。
リンには武警団二期以降で五つの編隊を組み、都クニ以外のクニへの伝令隊としての任を与えた。
一期の隊員へは都の主要幹線道や橋の補修の増員の為、都クニに収容している囚人をそこにあてた。
隊員はその監督にあたるなど武警団の役目を主に司令塔の社殿と各クニを緊密に結ぶ中央の手足となる臨機応変な対応が出来るよう指示させた。
都クニ、宰ムラの社殿は
外交摂政を司る部署はソアラに。
各クニの治安、監視防衛、武警団の訓練施設の部署をエイに。
それとそれらの役員の待機所、来賓室、食事等を共有する場と厨房衛生の部署を主にリンに。
と、ある程度分けられた。
日女はレンがいる厨房近くの一室に籠ると
おもむろにお守りの石を取り出した。
日女の願いはただ民のため。
民の活力こそクニの繁栄の源。
子供の笑顔は私の支えそのもの。
その支えをただの一人でも犠牲になど出来ない。
祈る想いで必死にお守りの石を握り締めた。
(そうあの時、あの瞬間、あの暖かい光を今再び!
と__あれはなんだったの?)
日女はこの暴風になる幾日か前に、庭先で月見の儀を開いていた。
その晩のことを思い返していた。
臣クニにある日女の寝所での出来事はこうだった。
陽も暮れかかろうとしていた夕刻、日女は切りだした竹をむしろを広げた四隅に立て、その上部の笹枝を繋ぐように綱を巡らした。
むしろの中央には胸ぐらいの高さに屹立している岩があり、岩が祭壇となり簡素ではあるが一日の感謝を込めてお月様にご報告を申し捧げる場。
それが、お月見の儀。
これも日女の生活にとって大事な儀式。
準備が整うころは遠くの山は黒く、空は雲ひとつなく澄み渡っていたが山の稜線と見分けがやっと出来るほどの夕闇となった。
清らかな水を木の器に入れて日女に手渡す。
日女の周りを整え給仕をするレンと呼ばれる大陸の婦人。
このレンには連れのパクという旦那と十五歳の娘レイがいる。
いつも日女の側にいる臣下のエイはこの日の月見の儀に姿を見せていなかった。
南の空高くかがやく少し欠けた月。
いつもより大きく見えるが気のせいか。
今宵エイが見えないので日女様の姿をレンが見守っていたがしばらくして奥に下がった。
薄雲が天を霞ませそのひろがりは星の姿を隠し偉大な月だけを輝かせる。
その月も時おり小さな雲に邪魔されるがかえって幻想的な瞬間を見せる。
雲と月光の競演か、流れにまかせ雲が薄れ散れぢれに月の顔を覗かせる。
まさに美しく贅沢な光景は時共に虚ろに流れ行く。
辺りは樹々に囲まれ月の光さえも吸い込まれそうな真っ暗闇。
寝所も周囲を大きな樹に囲まれている。
光といえば竈の火があたたかくその周囲を際立たせるくらいか。
虫の音と野鳥の羽ばたきが時おりざわつき、ひとときすると静けさを取り戻す。
日女はいつも以上に長く祭壇に向かい目を閉じていた。
遠くにカラスの野太い鳴き声が二度三度聞こえたかと思うと厚い雲が月を隠しあたりを真っ暗な静寂へと包み込んでしまった。
しばらく鳥も虫も鳴かない静寂が__
天空の月光は黒く厚い雲の縁をおぼろにしその流れを浮かび上がらせる。
やがて周囲の木々は銀に輝く葉を纏い
月が揺らしたかのように木々たちは煌を放った。
日女の顔が浮かび上がった。
日女は首からはずしたお守りの袋から石を覗かせ握っていた。
月の光に浮かび上がったのではなく手のひらに灯るちいさな炎がそうさせた。
日女は「__あ、熱くない」 と言ったまま白くキラキラと輝く炎に魅了ていた。
二つほど呼吸しただろうか、落ち着きを取り戻すと日女は懐かしさを込めて左手に広げた石に話しかけた。
「あなた様は、月様__ですか?」
その光は白色から橙色へ。
光はゆうくりと周囲を見渡すように回ってみせた。 竈の温もりある橙の光の中で炭が弾くように光の粒がキラキラとはぜる。
炎は小さくてもその温もりは全身を包み込み太陽に向かって咲く向日葵のように悲しみも苦しさも打ちひしがれ傷ついた心までもが希望に満ち満ちて元気になるようだった。
ほどなく竈の明かりを背にしたレンが軒下まで来て日女に声をかけた。
「日女さま! どうかなされましたか? チェッ チェッ」
突如かけられた声
我に返った日女はそれとなく返事をして、灯りが残る石を袋に納めた。
月見の儀を静かに閉じるため綱をおろす日女の姿を見るやレンは チェッチェッ と口を鳴らしながら奥へ消えた。
竈の方を向くと中へ入るレンの背中が見えた。
日女は慌てて袋の中を覗き込む。
硬い石のそれなりの重さが手に伝わるだけであの灯りは消えていた。
日女はほのかに残る石の温もりを感じると
首から下げたお守りを大事そうに胸元に収め急ぎ竈が灯る部屋の中に入っていった。
これが寝所での出来事だった。
姉さま
まばらに見せていた雲影は散り
孤高の月は一層高く天空に見えます。
西の空にかろうじて瞬く金星が
ほほえみを讃えるのは姉さまに見えます。
姉さま
何故 お守りの石は光るのですか?
若くして大陸で関係を裂かれたと伺いましたね
あの時の方だったのですか? 月様とは__。