美の向こう側にある認識
チームラボ、ボーダレスな世界。
2月から麻布台ヒルズに常設されている、
「エプソン チームラボ 麻布台ヒルズ」
(長いんよ)
猪子さん率いるチームラボ、大好きなのです。
いつもタイミング合わなかったり、そもそも大人気すぎてなかなか行けなかったりするのですが。
そろそろ落ち着いて見れるのではないかなと。
youtubeでも続々ととり上げられはじめました。
猪子さんのキャラ素敵すぎて。
絶対偏印よなあ・・・と思っていたら
偏印、絶、病。
仕事の柱にはちゃんと劫財もあって、人と繋がる偏財で現実創造も出来る。
あの不思議な世界を作り出せる脳内はどうなってるんだろう?と思うのですが
猪子さんは「言葉」が断定してしまう世界の断絶が苦手(嫌い?)そう。
その辺りの言語化は、成田さんは宇宙人的にすごい・・・
「アート」という言葉の持つ私の中での概念が、
チームラボの作品を見てひっくりかえった、というか概念から解放されたのですが、この対談を見て(もはや「読んで「とも言える動画)なぜか分かりました。
やっぱりなんとなく思ってても、言語化出来ないと腹落ちしない。
「そーいうことかあ」と思ったらその言葉すら光の粒のように溶けていくのですが、成田さんの言葉は魔法で、猪子さんはそれを空間として作る魔法。
マジですごい魔法使い同士の対談で萌え。
偏印あるあるですけど、言葉がすごくオリジナルでイメージ(雑)でなんとなく伝えるので、
「あ、そういう意味ではなかったんだけどなー」
と時間差で思うことが非常に多いです。
言葉の持つ力って本当に大きくて、
その人の前提とか、概念でしか受け取れないので。
その、言葉の概念や情報の範囲の擦り合わせが非常にむずかしい。
だからこそ上手く使うとそれこそ「言葉」が現実を作りはじめる。
でも、思わぬ方向に人生を動かさないように気をつける部分だなと思います。
猪子さんのインタビュー、質疑応答は、
相手の言葉の前提を先に認識しちゃうので
「その枠の中におさまんないんだよね」というのが前置きで漠然とした言葉になる。
だから西野さんみたいに、
その人の受け取れる「情報」が多い時には子供みたいに饒舌になってて、
話してて楽しいんだろうなー♡と思ったり。
特にチームラボの作り出す空間はあらゆる次元の情報で溢れてるから、五感開きっぱなしになりそうでちょっと怖さすらあります。
映像で見てるだけでもちょっとしたゾーンに入っちゃいそうですが、実際にあの空間に立ったら宇宙に吹っ飛ぶような感覚になるのでは・・・
猪子さんは「意識の中に入る」って言ってて萌えでした。
意識の中に深く潜っていくと、脳内のシナプスはあんな縦横無尽な、次元の区切りがない動きをしてるんだろうな。
カラスに出会って動きが早い時は脳がものすごく動いてる情景のイメージだし、
ぼ〜っとしてる時は映像も音も緩やかな、棚田の空間は癒されそう。
私たちは電気信号や光で通信していて、
本来は言葉がなくてもああいう脳内のイメージでちゃんと通信出来ていたのでしょうね。
言葉は便利だけど、
環境や人生の背景が違うと「はて??」みたいな解釈にも繋がる。
たまたま13日の土曜日に脳のシナプスと言葉のワークショップを受けたのですが、
人生が動く時となかなか動かない時の違いは
「受け身」で毎日の現象を眺めているか、
それとも「自分の選択と行動ひとつひとつが人生を作っている」と思って世界を生きるか。
最近それは痛いほど感じます。
その中でも衝撃の事実を聞いたのですが、
「結果」が出る人にすごく特徴があって、
クリエイター、アーティストの方が多いんだそうです。
「自分が何かを作り出す感覚」が土台にある人は、そもそも論人生も自分で作り出すものだと思える環境にありやすいということ。
確かに・・・・
それは料理でもビジネスでも部屋の片付けでも、
なんでも言い換えられるのだけれど、
「自分がこの結果出してるよね」って人生全部請け負えれば分かってしまう・・・
自分が今どんな前提で物事を見ているか。
もうそこだけで、その前提の置き方がなかなかむずい!!
もうこれは習慣付け、そしてこの思考が常に出来ている人の側にいることで変われるし、気づきはじめるとドミノ倒しみたいに意識がひっくり返っていく。
側にいても前提を捻じ曲げてしまう力も最初は大きいので、とにかく捻じ曲げずに色眼鏡を外して外して、外しまくること。
「本質」と「事実」を見ること。
経験が多過ぎる人の言葉を、そのままその経験がない人は受け取ることが出来ない。
自分の枠内でどうやって解釈していくか
と、西野さんとか猪子さんとかの言葉のやり取りを見ていると、なかなかにシビアな差と圧倒的行動力の違いを感じます。
西野さんは毎日すごい量のアウトプットをされていますが、
あれは人に伝えるのも勿論だけど言語化を鍛える修行みたいで、アウトプットする端から血肉になっていく、誰かの血肉にもなればいいなみたいな。
あんなもん365日続けている人がいて、
その人が語彙力失くすような世界と、嬉しそうな作り手。
それは仲良しでしょうねえ・・・という動画で1時間以上ずっと見ちゃいました笑
男の人が左脳、右脳を使いこなしてるとスケール感がデカい。
右脳の使い方もヤバいけど左脳もすごい。
猪子さんは、宇宙哲学のような次元空間理論をアートに、しかも老若男女分体感に落としやすいアートにしているのが凄すぎて。
やはり私たちは「教育」を受けることで
「これはこういうものだよ」という認識の中に入れられてしまうことがある。
最近「学び」っていったん全部リセット出来ないかなーと思ったりします。
今までの知識は、時代が変わる時全部前提からひっくり返る。
その瞬間を、きっとこれからはもっとたくさん目にするだろうから、
心構えだけはしておかないとですね。
「知識」すら邪魔になる時が来るなんて、
そんなに世界がひっくり返るような時に私たちは生きているんだなあ。
「写真は切り取りで断絶」と言う猪子さん。
そしてその瞬間の切り取りになぜか刹那を感じて萌えるワタクシ。
チームラボ、ボーダレスのページを見ていてよく分かりました。
画面という平面をはさんて向こう側の世界。
カラダを連れて足を踏み込まないと感じ得ない五感の喜びがある。
「行きたい」と思える五感を失わせないことと、
行きたいところに行けるカラダ作り。