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【読み聞かせ】ヒーリングストーリー 千一夜【第7夜】花火職人

今日もお疲れさまでした
お休み前のひとときに
ココロを癒やすファンタジックなショートストーリー

冬も間近なある日。

花火工場の親方が職人たちを集めました。

職人たちは親方から『大事な話がある』とあらかじめ伝えられていたので、ざわざわと落ち着きがありません。

親方は職人たちが静かになるのを待っていいました。

「じつは……年内で、みんなここを辞めてもらうことになった」

すると——

「親方、どうしてですか! なにがあったんですか!?」

花火工場でいちばん若い青年、弟子入りして3年目になる職人が親方に駆け寄りました。


「今朝、打ち上げ花火禁止のお触れが出された。今後、この国で打ち上げ花火を作ることは許されない


親方はできるだけ淡々といいました。


「まさか……そんなのウソだ……」

青年は真っ青になってしまいました。


この王国で行われる花火のカーニバルは、海外からも多くの人が花火を見るために毎年訪れるほど有名です。

そんな花火が盛んな国なので、花火職人は人気の職業。

子どもの頃から憧れていた花火職人になった青年は、やっと仕事もひととおり覚えてきたところでした。


「すまない。お前たち全員の引受先は見つけてある。花火の仕事とは畑違いの職場ばかりだが、どうか辛抱してくれ」

動揺する職人たちに、親方は深々と頭を下げるしかないのでした。




その日の晩、親方はいちばん古株の弟子と居酒屋で飲んでいました。


「5年前から、はじまっていたんですよね……」


弟子がポツリといいました。

 
「気づいていたのか。この王国がおかしくなってきているってことに」

「ええ、まあ。だからといって、私にはどうしようもありませんでしたけどね」

「それは俺も同じだ。気づいていても、なにもできなかった……


5年前。

子どもが線香花火で手の甲を軽くヤケドするという事故がおきました。

それまでそういう事故が大きく取り上げられることはなかったのに、なぜかそのときばかりは国のラジオ局が毎日大騒ぎ。

王国の人々は『線香花火はなんとなく危ない』と思うようになりました。

次第に世論が盛り上がり、その結果、線香花火の製造・販売までお触れで禁止されたのです。

同じようにして、4年前には手持ち花火が禁止。

3年前には回転花火が。

2年前にロケット花火、去年はパラシュート花火と毎年少しずつ禁止の花火が増え……

そして今年、ついに打ち上げ花火の禁止が決まり、王国からすべての花火がなくなることになってしまったのです。


「最初から、打ち上げ花火を禁止するのが国の目的だったんだ」


親方がいいました。


「この王国の経済を支えているのは花火のカーニバル。だから、いきなり打ち上げ花火には手をつけられなかった」

「そこで線香花火、回転花火と少しずつ禁止の範囲を広げた……ってわけですよね」

弟子の言葉に親方がうなずきます。

「そのとおり。お前、いつから気がついていたんだ?」

「去年です。この国でなにかが起こってるって、さすがに気がついて……。でも、あまりにも遅すぎました」

「無理もないさ。誠実で思いやりのある人間なら、世の中にこんなひどいことをする人間がいるなんて想像もしないだろうからな。

ましてや仕事熱心で真面目な人間なら、日々のいそがしさの中で気づくわけがない」

「親方はすぐにわかったんですか? 線香花火がスタートだったってこと」

「俺は花火を作る以外は能のない、ただのせこい飲み助だ。だからせこい連中がやりそうなことに、たまたま早く気がついた。」

「それでも……この流れは止められなかった」

「無理ですよ……国が相手じゃあ」

弟子はやけっぱちになったようにビールをあおり、ふうっと大きく息を吐きました。

 
「でも……どうして、国や国民がダメになるようなことをするんでしょうか。結局は王様や国のお偉いさんだって、自分たちの首を絞めることになるのに」

「さあな。せこい連中が考えそうなところまでは見抜けたが、それ以上の悪だくみは俺にもわからん。

ただ……国がどうなってもかまわない、人を人とも思わない連中がかかわっているのは確かだな」


 
居酒屋は、いつもと変わりなく賑わっています。

花火がこの国からなくなることを気にしている人など、ひとりもいないようです。


 
 ——少しでも危ないものは、ゼロにしてしまった方がいい……。

たとえ何かを………。本当はとても大切な何かを犠牲にしてでも

いつの間にか、誰もかれもがそう考えるように仕向けられてしまった……。

 

打ち上げ花火が禁止された先に起こることなど、ここにいる人たちは、もう想像すらできなくさせられてしまったのだと思うと、親方は何もかもむなしく思えてくるのでした。



ついに花火工場を閉める日がやってきました。

親方と職人たちは、最後の花火カーニバル用の打ち上げ花火を仕上げました。

打ち上げ花火がこの国で作られることはもう二度とありません

 
「みんな、お疲れさまだったな。最後に素晴らしい打ち上げ花火ができたと思う。本当にありがとう」

親方が最後の挨拶をすると、職人たちは頭を下げ、工場から出て行きました。


 「全部……終わりだ。花火も……この国も……」

親方が、そっと花火玉に手を置いたとき——

「親方! 俺の花火を見てください!」

みんないなくなったと思っていたら、ただひとり、弟子入り3年目の青年が残っていました。


「お前……なにをいってるんだ。俺の花火? なんのことだ」

「王国で花火が作れなくなるってわかってから、俺ひとりで、毎日少しずつ打ち上げ花火を作っていたんです」

「ひとりでだと? おい、勝手に火薬を使うのは10年早いぞ!」

「まあまあ、親方、落ち着いて。もうこれが最後なんですから。

とにかく親方に、俺の花火の出来を見てもらいたいんです! ちょっと来てください!」


青年は強引に手を引っ張り、親方を工場から連れ出しました。



夜——

親方と青年は原っぱにやってきました。

すでに台には筒がセットされ、いつでも花火が打ち上げられる準備ができています。

 

「いろいろ勝手にやってくれたな。今日が最後でなかったら、破門するところだ」

「へへっ、すみません。では1発目、いきます!」

青年は1発目の花火に着火しました。

ところがいくら待っても打ち上がらず、花火は不発に終わってしまいました。
 


「あれ……変だなあ」

「打ち上がらない打ち上げ花火か……。そんなもん、はじめて見たぞ」


親方があきれ顔になっても、青年はめげません。


「まだ次があります。次こそ、

どかーん

といきますから!」

青年が2発目の花火に着火しました。


 
すると——


…………

…………親方が気がつくと、原っぱに横たわっていました。

隣では、青年がススで真っ黒になった顔で気絶しています。

 
「おいっ、大丈夫かっ!?」

親方が声をかけると、青年が起き上がりました。


「あーびっくりした!」

「おっ、お前に打ち上げ花火は百万年早いわ!」

「すみません……」

「まったく……」


 
親方は地面にゴロンと大の字になりました。

青年も寝転がり、夜空を見上げます。


「いつかこの広い空に、親方がうなるような花火を打ち上げてみたかったなあ」

 

青年のつぶやきを聞いた親方は、心から申し訳ない気持ちになりました。

 

「すまない……お前に3年しか花火を作らせてやれなくて……。俺の花火を、お前に伝えきることができなくて……本当にすまない」

 

親方はそれ以上なにもいうことができません。

青年もずっと黙っています。

もしかしたら青年が泣いているのかと思い、親方はそっと隣を見ました。

すると、なんと青年はさも楽しそうに笑っているのです。

 

「大丈夫か? 気でも触れたか?」

「親方。じつは俺の作った打ち上げ花火、もう1発あるんです」

「な、なんだと!? まさかお前それを打ち上げようってのか!」

「はい、もちろん!」

「ばかやろうっ! 
 また暴発したらどうするんだ!」

「たぶん、今度は大丈夫です」

「やめろっ、下手すれば死ぬぞっ!」


すると青年が急に真顔になりました。


「親方……

もし俺が生きている間、もう二度と花火を打ち上げられないとしても、俺の子どもや孫に、打ち上げ花火を伝えます

作り方はもちろん、花火がどんなに素晴らしいものか、どんなに国の人たちに愛されていたかを伝え続けます。

俺が親方の打ち上げ花火、決して途絶えさせませんから。

そして、いつかこの王国の人々がこんな決まりはおかしいって気づいたとき……

そのとき、親方から受け継いだ打ち上げ花火を必ず復活させます

だから……
 
親方、今はそこで見ていてください!」


青年は笑顔でいうと、打ち上げ台へと駆けだしました。


そして——


青年が作った3つめの打ち上げ花火は、見事に夜空で開きました。


「……いい花火じゃないか」


その瞬間、親方には、青年が子どもや孫たちといっしょに花火を見上げる、幸せそうな未来の姿が確かに見えたのでした。


↓第8話

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