見出し画像

【読み聞かせ】ヒーリングストーリー 千一夜【第6夜】図書館司書の憂鬱

今日もお疲れさまでした
お休み前のひとときに
ココロを癒やすファンタジックなショートストーリー


あなたはもしかして、図書館の司書がとても楽な職業だと誤解してはいませんか?

例えばこんなふうに……


 「基本、貸し出しカウンターの椅子に座ってるだけに見えるけど」
 「司書の仕事ってノルマとかないよね」
 「貸し出し作業だって、いまはもう自動化してるし」


少し思い当たる節があるでしょう?

でも今日のお話を聞けば、あなたにも司書の大変さがきっとわかると思いますよ。

☆   ☆   ☆

とある男がとある国の王立図書館で司書として働いていました。

どうやら司書の男は、今日も図書館の利用者に難しいリクエストをされているようです。


「作者も題名も思い出せないんです。ストーリーもあやふやで……。でも司書さんならわかりますよね? だって、本のプロなんでしょ?」


かなりの無茶ぶりですが、司書の男は少しも動じることなく、

 
「大体でいいので、その本の内容について教えてください」

といいました。


「えーっと……シリーズものだってことは確かです。主人公がお菓子みたいな名前で……海の王様のお城に行って、たぶんオニオンスープをごちそうされてたと思います」

 
「お探しの本はおそらく『ミルフィーユの大冒険』全30巻の5巻です。ちなみに主人公が食べたのはオニオンスープじゃなくて、オニオンリングです。書架C-53のケにありますよ」


司書は毎日こんなふうに、リクエストの対応に追われていました。

一見ストレスフルで憂鬱な作業のようですが、司書にとって本探しなど朝飯前。

蔵書の深い知識を持っているので、利用者のリクエストがどんなにぼんやりしていても、データ端末の出番もなしです。

司書にとって憂鬱なことは別にありました。

それは、探し出した本をほとんどの人が読まないことでした。

利用者の多くは、わざわざリクエストしたにもかかわらず、まともにその本を読もうとしないのです。

ペラペラと出だしの数ページをめくるだけで、なぜかなにかと理由をつけて本を閉じてしまいます。

中には開きもしない人までいるのです。

これまで司書は利用者のいろいろな言い訳を聞いてきました。



 「急に仕事が忙しくなって、本を読んでる場合じゃなくなったんです」
 「貸出期間が短すぎるんだ」
 「重すぎて持ち歩けない。文庫本だと思ってたのに」


本を読まない利用者とやり取りするたび、司書はため息が出ます。


——読みたいというから探し出したのになぜ読まないのか。どうして開かないのか。

わからない。面白くなかったり、失敗したと思ったら、返して別の本を読めばいいだけじゃないか。

こっちはせっかくリクエストにこたえているのに。

俺は朝から晩まで、いったい図書館でなにをしているんだ。

あの人たちはわざわざここまできて、いったいなにをしたいんだ……。


やるせない思いに、司書はたびたび苛まれるのでした。



ある日、貸し出しカウンターにひとりのおじいさんがやってきました。

おじいさんはリクエストしていた本を司書から受け取りましたが、表紙をじっと見つめたままその場から動きません。



 ——ああ、この人もきっと、リクエストした本を読まない人なんだろうな。

司書がそう思っていると、おじいさんが司書を見ました。


「じつは……いままでリクエストした本を、ほとんど読んだことがありませんでした」

おじいさんはひどく苦しげなようすです。

司書は心の中を見透かされたような気がしてあせりました。

でも、そんなそぶりは見せずに、

「そうなんですね。気にすることはないですよ。リクエスト本を読まない方は大勢いらっしゃいます。みなさんお忙しいから、仕方のないことです」

といいました。

司書の言葉におじいさんは微笑みましたが、やはりとても辛そうです。


「結局、本を開くのが怖かったんです
 
 「……本を開くのが……ですか?」

「ええ。ずっと読みたかった本が手元にやってきたときこそ怖かった……。本が思ったようなものでなかったらどうしよう。

読むのに費やした時間が無駄になったらどうしよう……そんな思いがぐるぐるして。

そして……自分は正しくリクエストできたのか、リクエストした本を読んでいても人に馬鹿にされないかが、不安で不安でたまらなかった……」



 おじいさんの本を持つ手は微かに震えています。


 
「怖さや不安に、読みたい気持ちがいつも負けてしまって……気がつけばこのとしになってしまいました。

いまとなっては、私に残っているのは……後悔だけです


 司書はなにもいうことができません。

しばらくふたりはカウンター越しに黙って向かい合っていましたが、やがておじいさんが口を開きました。

「せっかくリクエストした本の順番がまわってきましたが、この本はお返しします。すみません、お手数をおかけいたしました」


 おじいさんは本をカウンターに置きました。


 「……もう……すべてが手遅れだ


 ぽつりとつぶやくと司書に背を向け、おじいさんは歩きだしました。

「……」

司書はおじいさんから返された本を手に取りました。


——そうか……多くの人が本を開かずに言い訳ばかりしていたのは、怖かったからなのか……。

怖いからこそ、思いついた言い訳がもっともらしく思えてしまうんだろう。そして、そのもっともらしさに何年も何十年も従ってしまう。

……それが言い訳だとも気づかずに……

だけど……


 並んだ書架の向こうに、図書館を出ようとするおじいさんの姿が見えます。

——あの人は、そんな自分に気がついた。だから……

 
すべてが手遅れだなんてありえない……!


 司書はぎゅっと本を胸に抱くと、おじいさんの方へとかけだしました。



司書は今日もカウンターで貸し出し作業をしています。

相変わらず、リクエスト本が返却期限を迎え、そのまま図書館に返されることもしょっちゅうです。

でも司書はもう、昔のように深く悩んだりしません。



——読みたいというから見つけて差しだしてあげても、その本が読まれずに図書館に戻ってくる。

でも、それはそれでいいのかもしれない。

たぶん人それぞれに、本を開くタイミングがあるのだろうから。
 
そのタイミングでしか見えない世界が、きっとあるのだろうから。



「すみません、リクエストした本をお願いします」

「はい……お待たせいたしました。

……これがあなたの本です



本をもっと読んでほしいと思う気持ちは変わりません。

でも図書館司書の憂鬱は、前よりずいぶん和らいでいるのでした。


↓第7話


——————————
お読みくださりありがとうございました。
全話【ヒーリングストーリー千一夜】再生リストからすぐご覧いただけます♪

■ストーリー動画用Youtubeチャンネル


お読みいただきありがとうございます。 あなたのハッピーにつながるnoteをお届けしたい。 そんな気持ちが伝わったら嬉しいです♪