【読み聞かせ】ヒーリングストーリー 千一夜【第2夜】星釣り
今日もお疲れさまでした
お休み前のひとときに
ココロを癒やすファンタジックなショートストーリー
春とはいえ、山小屋の夜はさすがに冷え込む。
気がつけば、部屋におかれているポットのお湯がもうない。
僕はお湯をもらいに食堂へ行った。
食堂では、僕と同じようにひとりで山に来た登山客がテレビで中継を見ていた。
画面の中で、タキシードを着た男が恭しく頭を下げ、勲章を首にかけてもらっている。
世界的に有名な賞の授賞式。
盛大な拍手に包まれ、男は胸を張ってずいぶんと誇らしげだ。
おまけにちょっと涙ぐんでもいる。
そうなるのも当たり前だ。
あの男は、世界の頂点を極めたってことだから。
普通の大学生の僕があと何年生きようとも、たどり着けるはずもない頂点を。
画面の向こう側とこちら側の人生の差みたいなものに、なんの取り柄もない僕は小さく傷つけられる。
ポットを持ったまま無言で突っ立っていると登山客が振り向いた。
そして、管理人さんなら小一時間ほど前に外へ出て行ったと教えてくれた。
僕は山小屋から表へ出た。
管理人さんの帰りを待ってもよかったけれど、こんな寒い夜に、おじいさんがひとりでなんの仕事をしているんだろうと気になったからだ。
山小屋から離れるとあたりはほとんど真っ暗になった。
街の光も届かない山頂では、下界とは比べようもないほど無数の星が見える。
思わず夜空に目がうばわれていたとき……
なにかが金属にあたる音がする。
僕は音のした方へと歩いていった。
しばらく行くと、地面におかれたランタンに照らされた管理人さんの姿が見えた。
管理人さんは釣り竿を持って、夜空をながめている。
——なんで山の上で釣り竿なんかを?
そう思った瞬間、管理人さんが夜空めがけて竿をふった。
釣り糸が天に向かって真っ直ぐ伸び、そのまま、きらきらと光をはなつ。
そして、管理人さんはかけ声とともに竿を引き上げた。
「そおおれっ!」
引き寄せた釣り糸の先には小さな光がぶら下がっている。
釣り針から外された光は、管理人さんの足下にあるバケツに入れられ、カツンとかたい音をたてた。
——あれは……まさか……星なのか?
よく見ると、バケツからは光がもわもわとあふれている。
「おや、お客さん。どうかされましたか?」
管理人さんが僕に気づいた。
「ポットのお湯が……いえ、それより……その……もしかして星を釣ってるんですか?」
「はい。じつは管理人の仕事は副業で。星を釣るのが本業なんですよ」
暗くてよくわからないけれど、管理人さんは笑顔のようだった。
「ポットのお湯ですね。いま入れにまいります」
「いえ、お仕事の区切りがついてからで大丈夫です。あの……星を釣るの、見させてもらっていてもいいですか?」
「ええ、もちろん」
星は次々に釣り上げられ、バケツに入れられる。
管理人さんは、適当に星を釣っているわけではないらしい。
ちゃんと狙いをさだめてから、星めがけて竿をふっている。
「管理人さんは、どういう星を選んでるんですか?」
「古くなった星です。こうやってちょくちょく取っていかないと、新しい星が古い星に隠れて見えなくなってしまうんです」
「は、はあ……。そ、そうなんですね……」
いまこのときにも空では無数の星が生まれ、無数の星が寿命を迎えている。
星を釣るなんて、終わりがない。
永遠に釣りきれない。
いつの日にか、偉業を成し遂げた達成感が得られるわけでもない。
そう、さっき見た勲章の授賞式みたいに、多くの人に賞賛されることもない。
「過酷な仕事ですよね……」
思わずいってしまう。
「ははっ、そんなことはないですよ?」
管理人さんは釣り竿をふる手を止めもしない。
きっと僕がまだ若いから、本音をいうのもばからしいと思っているんだろう。
子ども扱いをされて面白くない僕は、しどろもどろになりながらも反論を試みる。
「で、でも終わりが見えないっていうか……完成……そう、完成しないじゃないですか。それに、ひとりで黙々と釣っても……どんなにたくさんの星を釣っても誰もほめてくれないし……」
すると管理人さんは肩をすくめた。
「だから楽しいんです」
「だから……楽しい?」
「終わりがない。完成がない。誰にもほめられない。だからこそ楽しい。なにしろ無限がわたしの相手ですからね」
——無限
僕は空を見上げた。
竿がふられ、釣り糸が空に伸びる。
小さな光がバケツの中に飛び込む。
なんども。
なんども。
——ああ、そうか。本物は無限なんだ。
星がカツンとバケツに入るように、僕の心にも小さな光が飛び込んだ。
ついさっきまで、馬鹿らしいくらいちっぽけなものを羨ましがっていたなと、ちょっと笑いそうになる。
僕はひとつ息を吸いこむと、果てしない夜空に向かって思いきり手を伸ばしてみた。
↓第3話
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