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【読み聞かせ】ヒーリングストーリー 千一夜【第11夜】○○泥棒

今日もお疲れさまでした
お休み前のひとときにココロを癒やす
ファンタジックなショートストーリー


「よってらっしゃい、見てらっしゃい!
今世紀最大のビッグニュースだよ~っ」
 
「あたしに一枚おくれっ」
 
「俺もだっ」


威勢良く声を張り上げる瓦版売り。

我先にと群がる人びと。

それは町中のおなじみの風景。

いつもなら青年は、ゴシップに群がる人びとを冷ややかな目で見て通り過ぎるだけでした。

ところが……


「買ってちょうだい、見てちょうだい! ○○泥棒の九右衛門が牢屋から逃げ出したぞ~!」

 
——○○泥棒の九右衛門?


青年は瓦版売りの声に足を止めました。

まわりの人たちも首をかしげます。

「その○○ってのはいったいなんなのさ」


町娘が聞くと瓦版屋は頭をかきながらいいました。


「○○がなにかはいえねえんだよ。なにせやばい単語でね。
○○って書かねえと、御上に目をつけられちまうんだよ」
 
「妙な話だねえ。で、御上に目をつけられたらどうなるんだい?」

「瓦版ランキングを操作されて圏外に飛ばされるんだ。つまり、商売あがったりってわけだ」
 
「なるほどねえ。圏外に飛ばされちゃあ、人目につかなくなるもんねえ」

「そういうことだ。だから○○ってところは大目に見て、さあ、買った買った〜!」

 
——ふうん……○○泥棒の九右衛門か。


普段は世の中の出来事など関心のない青年でしたが、どうしても『○○』が気になり、自分から瓦版に手を伸ばしているのでした。



✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦

青年が通りを歩いていると、みんなさっきの瓦版の話をしていました。


「○○泥棒ねえ。いったいなんの泥棒なんだろう。
うちは別になにも盗まれちゃいないけど」
 
「うちもだよ。誰が何を九右衛門に盗まれたんだろうねえ


どうやら○○がなにかは、誰も思い当たる節がないようです。

 
——伏せ字にしなきゃならない言葉って……小判じゃないよな……。
あ、もしかして仮想通貨……いや、違うなあ。


隠されれば隠されるほど知りたくなるもの。

青年は、さっき買った瓦版を懐から取り出しました。

瓦版には大泥棒九右衛門の似顔絵が描かれています。

鬼のようなものすごい形相をした九右衛門の似顔絵を見つめながら、青年は○○がなんなのかをどうしても知りたいと思うのでした。




✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦


次の日。

今日も通りで瓦版売りが声を張り上げています。


「今世紀最大のビッグニュースだよ~! なんと大女優HANAKOが青年実業家と電撃入籍だよ~!」
 
「あたしに一枚おくれっ」
 
「俺もだっ」


それは昨日とまったく同じ光景。

ネタが大泥棒の脱獄から大女優の結婚に変わっただけです。

青年は瓦版を読んでいる男に声をかけてみました。

 

「HANAKOの結婚もビッグニュースですが、それより昨日の泥棒、その後どうなったんでしょうね?」
 
「泥棒? ん?……そんなのいたっけ?」


昨日のことなのに、男はずっと昔の話をされたような顔をしています。

 
「ほら、○○泥棒のことですよ」
 
「はあ? ○○泥棒? おっと、いけねえ。仕事に遅れちまう。
あんた学生さんなんだろ?
こんなところでいつまでも油売ってないで、しっかり勉強しろよ!じゃあな!」


次に青年は瓦版を手にきゃあきゃあと騒いでいる町娘たちに声をかけました。

 
「すみません、昨日の○○泥棒、その後どうなったかご存じじゃあ——」
 
「わたし、HANAKOは歌手のTAROと付き合ってると思ってたのよ!」
 
「そうなんですね。ところで、昨日の○○泥棒は——
 
「あっ! いけない! もうすぐタイムセールはじまっちゃう! 急がなきゃ!」

「ウソ、コミュニティ限定動画の配信時間になってるし!」
 
「もうバイトの時間! やばっ!」

町娘たちは口々にいうと、それぞれどこかへ行ってしまいました。

いつの間にか辺りにはもう誰もいません。

はるか向こうに、瓦版を手にした人たちがせかせかと忙しそうに行き交う姿が見えるだけなのでした。




✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦・━・✦


 
——○○泥棒の九右衛門……どこに逃げたんだろうなあ。

考えながら土手を歩いていると、川べりで遊ぶ子どもの姿が見えました。

青年は川べりまで下りて、子どもが積み上げた小石をわざと崩しては、また積み上げて遊んでいるのを眺めました。

 
「子どもはいいな。ムダなことに時間を使えて」


思わず独り言をいうと、


「なにいってんだよ。僕だって忙しいんだ。
これは塾に行く前のほんの息抜きさ」


子どもが遊ぶ手を止めもせずにいいました。


「むしろお兄ちゃんの方が暇そうだけど?」
 
「うっ……」


返す言葉もありません。

 
——確かに。こんなところでのんびりしてる場合じゃなかった。

早く帰ってレポート仕上げなきゃなんないし、インターンの準備も全然してなかった。

そうだ、語学試験も近いんだ。今回こそ800点越えないと……いかんいかん、急いで学校に行こう。


青年はくるりと向きを変え、歩きだしました。

 
——○○泥棒のことを考えてる暇なんてなかったんだ。まったくムダな時間を過ごしてしまった。


青年はイライラしながら、どんどん早歩きになります。


すると——


さっきの子どもが鼻歌を歌っているのが聞こえてきました。

青年は振り返りました。

 
——鼻歌か……。


子どもは鼻歌を歌いながら、今度は小石を川へ投げて楽しそうに遊んでいます。

 
——やっぱり、子どもはいいよなあ。
あんな遊びでも自然と鼻歌が出るくらい夢中になれるんだもんな。


キラキラと光を返す川面に石を投げる子どもの姿。

青年にはそれが、遠い昔の自分のように思えました。

 
——そういや……鼻歌なんか、何年も歌ってないかも。


青年はふと、鼻歌を歌ってみようと思いました。


ところが——
 

「あ……あれっ? 鼻歌が……歌えない……?」


いくら鼻歌を歌おうとしても、なんの音もしません。

 
「マジか……俺……鼻歌の歌い方、忘れてる……」


あまりのことに青年が立ち尽くしていると、後ろからポンと肩をたたかれました。


「そいつあ違うなあ」


驚いて振り向くと、どこかで見たことのある男が立っていました。

 
「あ、あんた……」

そうだ! 大泥棒の九右衛門!

「ご名答」


男は愉快そうにいいました。

目の前の九右衛門は瓦版の似顔絵からは想像もつかないような、とても人なつっこい笑顔を浮かべています。


「おい青年。お前は鼻歌を忘れたんじゃない。
盗まれたんだ

 
「は……鼻歌を? あっ、まさか! ○○泥棒って、鼻歌泥棒?」

「○○? ああ、瓦版じゃ伏せ字になってるのか。

鼻歌を盗まれたことに町の人たちが気づくと、みんな今の生活に疑問を持ちはじめちまうからな。

相変わらず汚ねえ奴らだぜ」

 
「お前が鼻歌泥棒なのか!?」

「いかにも。大泥棒 鼻歌泥棒の九右衛門たあ俺のことよ」
 
「いつの間に俺の鼻歌を……! とにかく鼻歌を返せっ!」

「誤解するな。俺は町の人たちが盗まれた鼻歌を、盗み返してるだけだ
ほらよっ、お前の鼻歌だ」

「ふがっ!?」


九右衛門は青年の鼻をきゅっとつまみました。


「これで鼻歌が歌えるぞ。もう二度と盗まれるなよ」


そういうと、九右衛門はすたすたと歩きだしました。

 
「ま、待ってくれよ! おまえが盗んだんじゃないんなら……いったい誰が俺の鼻歌を盗んだんだ?」


九右衛門は立ち止まりました。

 
「そうさなあ……」


青年からは九右衛門の後ろ姿しか見えません。

でも、九右衛門の声はさっきまでとは全く違う、怒りに震えた声でした。


「鼻歌を盗んでいるのは……本当に大事なことを考える時間を町のみんなから取り上げて……

挙げ句の果てに、人の真面目さや良心につけ込む、やりたい放題の詐欺集団さ」
 
「詐欺集団……?」

「いいか。これだけは覚えとけ。

思いやりだとか安心安全のためだとかいいながら、なにかをごり押ししてくる連中はろくな奴らじゃねえからな」

「はあ?」


青年がぽかんとしているあいだに、九右衛門はいなくなってしまいました。

 

——時間を取り上げる? 思いやりと安心安全のためにごり押し? 
そんな変な詐欺集団いるのかなあ。


聞いたこともないけど……。そうだ、それより俺の鼻歌は?



恐る恐る試してみると、普通に鼻歌が歌えるようになっていました。

 
「よかった……あ、こうしちゃいられない。急いで学校に——」


青年は駆けだそうとしましたが……

 
——でも、ま、そこまで急がなくてもいいかな。


さっきまでのせかせかと焦った気持ちが、なぜかすっかりおさまっています。

青年は今来た道を駆け戻り、川べりに行きました。

そしてしばらくの間、子どもと一緒に鼻歌交じりで石投げを楽しんだのでした。


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