1 兄は妹を推すしかない
美玖「みなさん美玖を〜推すしかない!」
テレビの中でアイドルらしいキラキラした笑顔でキャッチフレーズを放つ美少女。
整った顔立ちに惹きつけられる明るい性格。
センターも務め、天性のアイドルと言うに相応しい、名実ともに日向坂46のエースである金村美玖の姿をテレビ越しに眺めながら、〇〇はリビングのソファに身体を預けながら漫然とくつろいでいた。
??「ただいま〜」
玄関の方から帰宅を告げる声がする。
〇〇「おかえりー」
テレビを見ながらだったから空返事気味に返すと、スタスタスタという足音とともに、次の瞬間リビングのドアが勢いよく開いた。
美玖「ちょっとお兄ちゃん! おかえりはー?」
帰って来るなり開口一番、怒ってますと頬を膨らませながら迫ってくる、先ほどまでテレビの中の人物だった金村美玖、ご本人。
〇〇「いやいや、ちゃんと言ったってば」
美玖「聞こえなかった! ちゃんと言って!」
〇〇「わかったってば。美玖、おかえり」
美玖「エヘヘへ、ただいまお兄ちゃん!」
怒り顔はどこへやら。
満面の笑みでそういうと、美玖は笑顔でうがいと手洗いをすませにリビングを後にした。
そう、このちょっと面倒くさい美少女、金村美玖は喜多川〇〇の妹である。
ただし、〇〇と美玖は血は繋がっていない。
〇〇は幼い頃に金村家に引き取られた養子だ。
高校を卒業して、成人年齢も引き下げられ、晴れて大人になった機会に独り立ちするために〇〇は旧姓を名乗って一人暮らしを始めたのだ。
金村家の人たちには本当に良くしてもらった。
何不自由なく大人になれたのはみんな金村家のおかげだと、〇〇は感謝してもしきれない。
だからこそ、これ以上迷惑をかけられないと思っての決断だった。
幸い、両親の遺産やバイトで大学の学費とかは問題ない。
しかし、一つだけ問題があった。
それが金村家の実子で義理の妹の美玖である。
本当の兄妹のように育てられたから人一倍〇〇に懐いていた美玖は、〇〇が一人暮らしをすることに猛反対した。
美玖「お兄ちゃんが一人暮らしするなら私は日向坂を辞める!」
今思えば本気じゃなかったと思う。
いや、たぶん…
でも、当時の〇〇はじめ美玖の両親や親戚一同大慌てで、そのときになんとか説得するために出された結論が、美玖との二人暮らしだった。
もちろん反対したのだが
美玖「卒業セレモニーで、実の兄に苛められましたって言っちゃおうかな〜 お兄ちゃん、私のファンの皆さんから恨まれちゃうな〜」
ニヤニヤとわざとらしい口調で言う美玖。
なまじ頭良いから美玖にはこういうとき勝てない。
こういうときの解決策は〇〇が妥協するしかないのだ。
と、まあ、こうして〇〇と美玖は一緒に暮らすことになったのである。
もちろん、日向坂の運営サイドやお偉いさんには許可をもらっている。
だからある意味、心置きなく美玖もくつろげるのである。
美玖は部屋着に着替え終えるとリビングに戻ってきて〇〇の座っているソファーにやってきたと思ったら、そのまま〇〇に抱きつくように隣に座ってきた。
〇〇「ちょっと美玖、狭いって」
もともと一人暮らしのつもりでかった二人掛けのソファーも、本当に二人で座るとなるとやはりくつろげる感じではない。
しかし、そんなことお構いなし、むしろくっつける分ラッキーといわんばかりに美玖は〇〇にしがみつく。
美玖「あ、この番組見てたんだ~、お兄ちゃん私のこと大好きなんだから~」
〇〇「いや適当にチャンネル付けたらたまたまだし」
美玖「またまた~、もう照れなくていいって~」
〇〇「照れてねーし。ってか、俺の推しは”こさかな”だし」
美玖「はぁーーーーーーー!?」
その瞬間、鼓膜が破れるかのような大声量を発したかと思ったら、次の瞬間には〇〇にまたがるように馬乗りになったかと思うと、両手で肩をつかまれて目の据わった表情で迫られる。
〇〇「み、美玖さん?」
妹なのに思わずゾクッと悪寒が走ると同時に、その美しい容姿にも引き込まれそうになる。
しかし、そんなこと美玖には知ったこっちゃないようすで怒りを滲ませていく。
美玖「お兄ちゃん、私というものがありながらほかのメンバーを、しかもよりによって親友の菜緒推しって…」
ついにはわなわなと震えだす美玖。
これはやばいと思い、リカバーしようとしたが時すでに遅かった。
美玖「お兄ちゃんに、いかに妹がいいかを教え込まないと…」
〇〇「み、美玖、ちょっと待って―」
美玖「問答無用! 兄は妹を推すしかない!!」
〇〇「うぎゃー!!」
その日から、あの手この手で美玖の〇〇への逆推し活がはじまったのだった。
つづく
※この物語はフィクションです。
※実在する人物などとは一切関係ございません。
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