「いかなる花の咲くやらん」第7章第3.2話「身代わり石」
一足先に大磯へ来ていた五郎と虎女が化粧井戸で話をしているところへ十郎がやってきた。
「兄上。おみ足をどうされたのですか」
馬から降りた十郎は左足を引きずるようにして歩いていた。
「いや、先ほど賊に襲われてな。こんな貧乏な身なりの武士を襲っても腹の足しにもならないだろうに」
「十郎様、よくぞご無事で」
「うむ。その時、不思議なことがあってな。まず矢を射られた。突然のことで防ぎようもなかったところへ、米俵ほどの黒い石が現れて矢を受け止めてくれたのだ。そして落馬した私に別の賊が斬りかかっていた。その時もその矢が刺さったままの石が間に入り、刀を跳ね返してくれた。賊は妖術だと恐れをなして、すごすごと逃げて行ったが、助けられた方としても何が何だか」
驚いた虎女は急いて部屋へ戻り、石を持ってきた。
「石とは、この石ですか」
「ううむ。色と形はそっくりだが、いかんせん大きさが全く違う。この石は?」
「はい。いつの頃からか私のそばにあり、事あるごとに私を助けてくれています。そして不思議なことに大きさは都度変わります」
「なんと」
「兄上、見てください。傷があります。ここに丸い穴。ここに切り傷のような」
「この石が私を助けてくれたのか。ありがたい」
そう言って十郎は石に手を合わせた。
大磯からの帰り道、十郎と五郎は襲ってきた賊について話していた。
「佑経といったのですか」
「ああ、去り際に『佑経様におしらせしなくては』と言っていた。虎女さんの前ではただの賊と言っておいたが、間違いない。あれは佑経の手のものだ」
「私が箱根の山を下りて元服したことを耳にしたのでしょうか」
「そうだな。我らが佑経の命を狙うと同様、向こうもこちらを狙っているということか」
「同様って。兄上まったく同様ではありません。我らは父の無念を晴らす仇討ちのため、佑経は己の保身のため」
「わかっておる。ただ、我らも油断してはならぬということだ。そして、これから奴はますますもって警戒することだろう。そうたやすく討たせてはくれんぞ」
次回「いかなる花の咲くやらん」第7章第4章「月蝕と月食」に続く。