チームストーリー「メンタルチーム」
ミキはバーのカウンターでひとり、グラスを傾けていた。
ミキ「どうしたものかしらね……」
ミキを悩ませているのは、ついさっき路上で拾った一通の手紙だった。差出人の名も宛先もなく、封筒にはただ「KOS」とだけ記されている。ゆえに、ポストに投函するわけにもいかず、手紙である以上、勝手に中を見るわけにもいかない。
ケイスケ「悩みごとですか?」
隣で飲んでいた白いスーツの男が、ミキに声をかけた。イントネーションから察するに、関西出身のようだ。妙なことに、時計を両腕に巻いている。
ミキ「手紙を拾ったのよ。でも、誰が落としたものかわからなくて」
誰とも知らない人間が落とした手紙など、放っておいたところで自分の人生に何の影響もない。しかし、ミキはどうしても落とし主に届けてやりたかった。
この手紙は、うら若き少女のしたためた恋文かもしれない。手紙が届かなければ、彼女は恋をあきらめることになる。
ミキ「あきらめないで……」
ミキは他人が何かをあきらめることが、我慢ならなかったのだ。
ケイスケ「僕もねえ。どうしていいかわからなくて、悩むことがありますねえ。そういう時は、一番信じられる男の答えを聴くようにしているんです」
ミキ「素敵な仲間をお持ちなのね……」
その時、店内にガシャンとグラスの割れる音が響いた。見れば店の奥の席で、白いトレーナーを着た体格の良い男が拳を振り上げて暴れている。
アニマル「キョウコーッ! キョウコーッ! キョウコーッ!」
店員「お客さん! 落ち着いてください!」
アニマル「うおおお! KOSに参加したかったのに! キョウコにもハツエにも断られた! 招待状も失くした! うおおお!」
白トレーナーの男は店員の制止を振り払い、椅子を持ち上げては壁に叩きつけるという行為を繰り返した。
ミキ「KOSですって?」
ケイスケ「最強のチームを決める、格闘大会ですねえ。前にミラノの試合を観戦しました。出場者には主催者から招待状が届いて、三人一組で参加するんです」
それを聴いてミキも思い出した。知り合いが「歌劇団チーム」として出場しているのを、以前に見たことがある。
アニマル「うおおお! せっかくのチャンスがなくなった! うおおおお!」
ミキ「待って。あきらめないで」
アニマル「うおおお! なんだお前はああ!」
ミキ「招待状って、これかしら?」
ミキは拾った手紙を暴れる男に差し出した。
アニマル「これだ! これだ! これだああ!」
ひったくるように受け取った男は嬉しそうに招待状を握りしめたが、すぐに顔をうつむかせた。
アニマル「拾ってくれてありがとう……。でも、招待状があっても、キョウコにもハツエにも断られた……。これでは出場できない……」
男は図体に似合わず、すっかりしょげかえってしまった。ミキは思った。このままでは、この人はあきらめてしまう。あきらめさせないためには……。
ミキ「わかったわ。わたしとチームを組みましょう」
アニマル「なに? お前がKOSに?」
ミキ「ええ。だから……あきらめないで」
アニマル「馬鹿を言うな! お前が何の役に立つ? 強そうには見えないぞ!?」
ケイスケ「確かに、彼女の力は弱いかもしれないですねえ。でもそれは、可能性を秘めているということですねえ。どういうことかわかります?」
白スーツの男は、目を見開いて言った。
ケイスケ「のびしろですねえ!」
ミキ「そうよ……。だから、あきらめないで!」
アニマル「しかし、チームは三人必要だ! まだもう一人いる!」
ケイスケ「僕が出ましょう。一番信じられる男が、出ろと言っているんです」
ミキ「出ろと言っているって……、今、誰に聞いたのかしら?」
ケイスケ「心の中の、リトルホンダです」
思わぬ答えにミキが動揺する間もなく、白トレーナーの男の叫び声が店に響いた。
アニマル「うおおお! おもしろい! この三人でKOSに殴り込みだあ! 急ごしらえだがな! わっはっは!」
ケイスケ「急ごしらえのチームにこそある武器、なんだかわかります?」
アニマル「おう!」
ケイスケ「のびしろですねえ!」
アニマル「気合いだ! 気合いだ! 気合いだ!」
ケイスケ「のびしろですねえ!」
アニマル「気合いだ! 気合いだ! 気合いだ!」
かみ合っているのかいないのか、よくわからないやり取りで叫び合う二人を見て、ミキは確信した。
このチーム、気持ちでは誰にも負けないわ!
※この文章は、2023年8月15日におこなわれたイベント「ペンギンズ・ノブオ チムオフ会2023」内の企画に沿って書いたものです。