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無責任な「頑張れ」も、結局は嬉しい(「しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE 超能力大決戦 とべとべ手巻き寿司」感想)
※中くらいのネタバレあり
只今絶賛上映中の「しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE 超能力大決戦 とべとべ手巻き寿司」を見てきた。
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本作はクレヨンしんちゃん初の完全3D映画であり、制作に7年もの歳月がかかったという力作である。
ストーリーは臼井儀人原作の漫画「クレヨンしんちゃん」第26巻の番外編「しんのすけ・ひまわりのエスパー兄妹」を基本的にはなぞっており、悪の超能力に目覚めた男と正義の超能力に目覚めたしんのすけ・ひまわりが戦うという内容である。
映画化するにあたって設定や内容が一部変更されており、その部分がネットで賛否両論となっている。
キャッチコピーは
「『この国に未来がない』なんて、大人の妄想だゾ。」
「すべてが、しん次元」
「こんなしんちゃん、見たことない」
あらすじ
はるか昔、ノストラダムスの隣町に住んでいたヌスット・ラ・ダマスがとある予言を残した。「空より2つの光が落ちてきて、悪の超能力者と正義の超能力者が目覚めるだろう」
現代で、冴えない男がティッシュ配りをしている。男の名前は「非理谷充(ひりや みつる)」30歳の派遣社員で、趣味はアイドルを推すこと。しかし、推しのアイドルは突如一般男性と結婚を宣言。打ちひしがれる非理谷に警察が職質を行う。現在逃亡中の逃走犯と非理谷の見た目がそっくりらしい。
非理谷は泣きっ面に蜂の状況に気が動転して逃げ出してしまう。追いかける警察。
追い詰められた非理谷に、突如として謎の光が落ちてくる。同時に野原家にも謎の光が。
光につつまれる非理谷としんのすけ。彼らは予言に記された超能力者になってしまったのだ。
悪の超能力に目覚め、今までの社会への恨みを晴らそうとする非理谷。正義の超能力に目覚めたしんのすけ、野原家、そして「国際エスパー調整委員会」を名乗る胡散臭い2人組。謎の革命集団。夕食の手巻き寿司。カンタムロボ。深キョン。ひろしの靴下。世界はどうなってしまうのか??
感想
面白かった。3Dアニメ最高。
あと思ってたより感動した。一部、ん?となった部分もあるが、全体的にはいい感じ。主題歌のサンボマスターもいいね。次回作は2Dアニメっぽい?エンドロール後に短い予告あり。
非理谷という男
個人的にはよく描いたな、と思う。30歳独身、派遣社員、推し活、(多分)童貞、両親からネグレクト、いじめられっ子という、ザ・弱者男性。顔もクレしんっぽくなくてリアルだし、挙動も不審で痛々しい。性格は卑屈でストーカー気質。彼が超能力を手に入れて暴れるシーンはいわゆる「無敵の人」状態でかなり怖い。幼稚園に立て籠もって子どもたちの前で「この国に未来はない」と笑い、よしなが先生を念動力でいたぶる。怖い。子供は見てられないかもしれない。
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本作はそんな彼を最終的に救済する物語である。
物語後半でしんのすけは巨大化した非理谷の中に入り、彼の深層心理にいる幼少期の非理谷と出会う。(おでんくんみたいな感じ)2人は仲間となり非理谷も成長していくが、ある日、非理谷は不良に絡まれる。殴られる非理谷、止めようとするしんのすけ。2人もろともボコボコにされる。ここもかなり怖い。
そんな様子になっていることをある方法で巨大化非理谷の外から見ている野原家とエスパー委員会の2人。みんなで「頑張れ!」と声をかける。なんやかんやで不良に勝利し、巨大化も解け非理谷は元の姿に戻る。この後が非理谷の救済であるのだが同時に問題のシーンにもなっている。
ひろしの助言
ひろしは人生の先輩として非理谷にアドバイスする。「これからは自分のためではなく、他人のために生きなさい」
これは正直「?」となった。
他人とは?恋人も友達もいない非理谷にとって、他人のためにできる唯一のことが推し活だったのでは?
そもそも、非理谷の深層心理の中で彼の境遇を見てきたのはしんのすけだけである。事情も知らないひろしがそんなアドバイスをしても正直響かないだろう。
さらに追い打ちをかけるように、「この国の未来は明るくないが、それでも頑張って生きなきゃいけないよ」「君は若いんだから何にでもなれるさ」とアドバイス。
いや、何にもなれなかったからこうなったんちゃうんか?あと30歳は若いん?他人事だからって言いたい放題だなこの人。このアドバイスも響かないだろう。駄目だなーひろし。
頑張れ!
ひろしのアドバイス後、みんなに「頑張れ!」と声をかけられる非理谷。(エヴァの「おめでとう」みたいな感じで)涙を流す非理谷。
ちょっと待て、非理谷だって頑張ってきたんちゃうんか?ティッシュ配り頑張ってたじゃん。勉強もスポーツも頑張ってこれだからこうなっとるんちゃうんか?彼の境遇も知らずに「頑張れ!」なんて無責任だろ!
でも画面の非理谷は涙を流してカタルシスに浸っている。お前それでええんか。
いやでもちょっと待て、これでいいのかもしれないな。
無責任な頑張れ!の価値
結局、非理谷は何を求めていたのだろう。仕事?金?彼女?いや、彼が求めていたのはリスペクトなのだ。
誰からも尊敬されないこと、応援されないことで、自信を失い、結果として人生に対しても悲観的になっていたのだ。
非理谷が言っていた日本の問題は多分今後も解決しないだろう。非理谷やしんのすけが扱うには大きすぎる問題たからだ。所詮彼らは(世界を救ったとはいえ)小市民であり、そんな力は持っていない。
しかし、非理谷を本質的に蝕んでいた問題は「頑張れ!」で幾分解消されただろう。無責任な応援も、結局は嬉しいものなのだ。
クレしんワールドに馴染むか。
もう一つ気付いたことがあった。あれ、こいつ画面に馴染んでるなと。
最初見た時、非理谷はクレしんワールドにとって完全に異分子だと思えた。面白く誇張されたキャラクターが多いクレしんワールドで、彼の存在はあまりにリアルで痛々しいし、挙動不審な動きもリアルすぎる。そんな彼は何となく不快で、画面を見るのがきつかった。
だが最後のシーンの非理谷は、四郎さんの亜種になれるかもしれないと思える雰囲気を発していた。
ダメダメな非理谷であるが、野原家に認知され、しんのすけに受け入れられたことで世界に馴染むことができたのである。
巻き込まれ体質な男なので、今後もしんのすけに絡まれ、トラブルに巻き込まれるという形で登場できるだろう。
結論
「頑張れ」という言葉が応援なのか命令なのかは文脈次第である。今回はそんなに悪い感じはしなかった。シンプルな応援としての「頑張れ」だった。
逆に、ひろしのアドバイスは完全に無視していい。あのシーンはミスである。ひろしにあんなこと言わせるべきではなかった。「人のために生きなさい」「必死に生きなきゃいけない」これらは命令であって応援ではないからだ。
繰り返すが、アニメーションの質は最高で、ストーリーも原作をなぞっている分保証されており、個人的には高評価である。みんなも見れば〜?