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ループ量子重力理論

【(仮説)ループ量子重力理論は、時空にも収縮の限界があり「点」まで縮むことはないと考える。そして、ビッグバンの前後では、時空は確率の雲のなかに溶解しており、この雲の向こう側の別の宇宙が「ビッグバウンス」を経て、この宇宙が生まれたと考えている。(カルロ・ロヴェッリ(1956-))】


「一四〇億年前になにが起こったのかを理解するには、量子重力理論が必要になる。この点について、ループ理論はなにを教えてくれるのか?
 はるかに単純化した形で、類似の状況について考えてみよう。古典力学に従うなら、原子核に向っていく一個の電子は、やがて核に飲みこまれて消えてしまう。だが、現実にはこうした事態は発生しない。この意味で、古典力学は不完全である。電子の振る舞いを正しく把握するには、量子の効果を考慮しなければならない。現実の電子は量子的な対象であるため、明確な軌道をたどらない。電子を正確な一点に留めておくことは不可能である。むしろ、正確に位置づけようとすればするほど、電子はどこかへ逃げ去ってしまう。もし、一個の電子を原子核のそばに留めておこうと望むなら、わたしたちにはせいぜいのところ、電子をもっとも寸法の小さな原子軌道に引きとめておくことしかできない。それ以上、電子は原子核に近づけない。きわめて短い瞬間だけ、そこからさらに近づいたとしても、電子はたちまち別の場所へ逃げ去ってしまう。つまり量子力学は、現実の電子が原子核の内部に落ちていくことを妨げている。まるで、電子が原子核に限りなく近づいたとき、量子的な性質を帯びた反発力が電子を押しかえしているかのようである。量子論が成り立つからこそ、物質は安定していられる。量子論が成り立たなければ、あらゆる電子は原子核の内部に落ちていく。結果として、この世界には原子も、わたしたちも、なにひとつ存在しなくなるだろう。
 同じ議論が、宇宙にたいしても当てはまる。収縮し、自らの重みに押しつぶされ、途方もなく小さくなった宇宙を想像してみよう。量子力学以前の理論、つまりアインシュタインの方程式によれば、この宇宙は無限に押しつぶされる。そうして最後は、原子核に飲みこまれる電子のように、一点となって消失する。これが、アインシュタインの方程式によって予見される、「点」としてのビッグバンである。量子力学を無視すれば、自然とこのような結論に到達する。
 しかし、量子力学を考慮に入れれば、宇宙の収縮にも限界があることが判明する。それはあたかも、量子的な反発によって、宇宙が跳ね返っているかのような状況である。収縮過程にある宇宙が、広がりを持たない「点」まで縮むことはない。宇宙はどこかで反発し、巨大爆発に後押しされるようにして、ふたたび膨張を始める。
 わたしたちの宇宙がたどった歴史は、これに似た反発の結果であった可能性が高い。英語ではこの巨大な反発を、「ビッグバン」の代りに「ビッグバウンス」と呼んでいる。ループ量子重力理論の方程式を宇宙に適用すれば、このような結論が得られると考えられている。
 ただし、「反発」という表現を、文字通りに受け取ってはいけない。これはあくまで比喩である。電子に話を戻すなら、わたしたちが電子を原子核に可能なかぎり近づけようとした場合、電子はもはや粒子ではなくなる。代わりに、わたしたちは電子のことを、確率の雲として捉えられる。こうなると、電子の正確な位置はもはや存在しない。宇宙の場合も同じである。ビッグバンのさなかの決定的な移行過程においては、わたしたちはもはや、明確に記述された空間や時間を想定することはできない。わたしたちの考察の対象となるのは確率の雲だけであり、空間と時間はその雲のなかですっかり姿を消してしまう。ビッグバンの前後では、確率が泡立つ雲のなかに、世界はきれいに溶解する。そして、量子重力理論の方程式なら、こうした確率の雲を記述することができる。
 今日の物理学者は、わたしたちの宇宙が生まれる前には、別の宇宙が存在していたと考えている。空間と時間が確率のなかで溶解する量子的な局面を経た末に、ひとつの宇宙が崩壊し、新しい宇宙が生まれたのである。」
(カルロ・ロヴェッリ(1956)『現実は私たちに現われているようなものではない』(日本語名『すごい物理学講義』)第4部 空間と時間を超えて、第8章 ビッグバンの先にあるもの、pp.202-204、河出書房新社(2017)、竹内薫(監訳)、栗原俊秀(訳))
(索引:物質の安定性、確率の雲、特異点、ループ量子重力理論、時空の確率の雲、ビッグバン、ビッグバウンス)


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