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ニカラグア手話


【すべての会話は、共通の目標をもった協調活動であり、模倣と刷新の相乗効果で、新しい言語の進化の場でもある。聴覚障害児によって創出された自然発生的な「ニカラグア手話」は、その実例である。(マルコ・イアコボーニ(1960-))】

 「すべての会話は共通の目標をもった協調活動であり、ある意味では、新しい言語の進化をその場に再現していると言えなくもない。実際、会話の中の一部の言葉が、互いの暗黙の了解によって決まった特定の意味を帯びているということ自体、模倣と刷新の相乗効果でコミュニケーションが形成されていくことを示したものだと言える。この考えを裏づける最も驚くべき事例が、1970年代末から80年代にかけて、ニカラグアの学校の聴覚障害児によって創出された自然発生的な、しかし充分に発達したサイン言語(手話)である。それ以前、ニカラグアの聴覚障害児はほとんど社会から疎外されており、単純な身ぶりや身内にしか通じない「自家製」のサイン体系を使って友人や家族とコミュニケーションをとるだけだった。そこにサンディニスタ革命が起こり、聴覚障害児の特別教育施設が設けられるようになった。そしてマナグアの二つの学校に数百人が入学した――いまにして思えば、「臨界質量」とでも言おうか、ある結果をもたらすのに必要十分な人数が揃っていたわけである。校庭やバスの中や道端で互いに顔を合わせているうちに、子供たちはしだいにそれぞれの慣れ親しんだ身ぶりを組み合わせながら共通のサイン言語を発達させていった。最初はそれも比較的単純な言語で、文法も単純、類義語はほとんどない、いわゆるピジン語のようなものであった。やがて、年長の子供たちにこの単純な言語を教えてもらった年少の子供たちが、もっと精密で、明確で、揺らぎのない、成熟したサイン言語を発達させた。これが現在「ニカラグア手話」と呼ばれているものである。皮肉なことに、学校の教職員は子供たちが互いにどんなサインを出しあっているのかを理解できず、外部の助けに頼らなくてはならなかった。アメリカ手話の専門家であるアメリカ人言語学者ジュディ・ケーグルが招かれて、初めてここでなにが進行しているかわかったのである。」
(マルコ・イアコボーニ(1960-),『ミラーニューロンの発見』,第3章 言葉をつかみとる,早川書房(2009),pp.126-127,塩原通緒(訳))
(索引:ニカラグア手話)


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