取材前に下調べをしない!? 『魔法をかける編集』で見つけた、ドキュメンタリー的なインタビュー──【インタビュー(的)読書会】イベントレポート
「インタビューは時間の許す限り、下調べをする」。
どの本を読んでも、どのライターや編集者に話を聞いても、繰り返される言葉。インタビュー前に取材相手のことを調べることは当たり前だと思い、この言葉を疑ったことはありませんでした。
しかし、『魔法をかける編集』の著者・藤本智士さんは本著の中で、「下調べを一切禁止にした」といいます。
事前の情報がない状態で取材に行き、相手の話を深堀する。そんなことが本当に可能なのだろうか。下調べをしたほうがより読者の心に残る記事を作れるのではないだろうか。
そんな疑問を持ちながら参加した、「sentence」の「インタビュー(的)読書会」。私のもやもやとした感情を解き放ってくれたのは、主催の一人が発した「ドキュメンタリーみたいですね」の一言でした。
「地方編集の教科書」を題材にインタビューの可能性を考える
私が参加した「インタビュー(的)読書会」とは、sentenceで月に一度開催されるインタビューを多面的に捉え、語り合う読書会のこと。ルポやカウンセリング、社会学の調査など、インタビュー的な活動をする著者の本を読み、ディスカッションを重ねています。
主催しているのは、全国47都道府県を編集するチーム・Huuuuが運営するWebメディア『CAIXA』の編集長・友光だんごさんと副編集長の小池真幸さん、sentenceの西山武志さんの3名。編集者やライターとしてインタビューを生業とする主催者とsentenceのメンバーで本を読んで感じたことを話し合い、新たな視点からインタビューを捉え直す機会となっています。
今回題材として選んだのは、メディアを活用して取材対象者の状況を変化させる“編集”の力を伝える『魔法をかける編集』。
著者の藤本さんは、ローカルの産業や暮らし、人に焦点を当てた季刊誌『Re:S』や、高齢化率・人口減少率全国一位(2011年当時)の秋田県で「ニッポンのあたらしい“ふつう”を秋田から提案する」をコンセプトにした季刊誌『のんびり』を立ち上げた、地域編集の先駆者。
雑誌やWebなどのメディアだけでなく、商品やイベントなどの事業においても、受け手の立場で考え、切り口を変えることで、地域の魅力を発掘してきました。そんな全国各地で地域の魅力を“編集”してきた藤本さんが書いた本著は、地方で活動するクリエイターにとって「地域編集の教科書」ともいえるものでした。
この本を題材に選んだのは、全国各地の「地元」に焦点を当てるWebメディア『ジモコロ』の編集者でもある、友光だんごさん。ローカルでの取材を重ねるなかで、「地方で必要とされている編集の役割」「現場で起こる魔法」など、本著に共感する点も多かったといいます。
ドキュメンタリー的なインタビューで求められる力
イベント開始後、まず参加者に本を読んでの感想を聞くと、「チームメンバーが下調べすることを禁止にしたってどういうことなんだろう?」と質問が集まりました。主催者のひとりである小池さんも、下調べをせずに取材に行くことに疑問が残ったといいます。
「下調べをしてから取材に行くことが当たり前だったので、藤本さんの手法には驚きました。取材対象者の前提知識がない状態で、どうやって話を深ぼっていくのか。本を読みながらも、疑問に思ってしまいました」
そこで口を開いたのが、友光さん。ここでいう「下調べを一切禁止にした」とは、「現場で起きるマジックを大切にしたい」という藤本さんの取材の姿勢なのではないかと続けます。
「もちろん、事前に下調べをしてインタビューに行くことは大切です。でも、下調べをあえてしないことで、変なバイアスをかけずに取材できるメリットもあると思うんです。この人はこういう話をするんだろうなと予測を立てずに話を聞きにいく。世の中にある情報よりも、自分が感じたことを素直に出すための手法かもしれませんね」
さらに友光さんは、媒体のターゲットも下調べをする/しないに関わっているのではと推測します。
「例えば、僕が関わっているジモコロでは、記事のテーマに関する前提知識が一切なくても、わかりやすく読めるようにしています。ライターが知識を持ちすぎていると、記事の中身が専門的になって、初見の読者の方が置いてけぼりになることがある。だからジモコロで取材したり、記事を作るときには、初見の読者の方に目線を合わせたリアクションや質問を意識していますね」
対面するからこそ起こる魔法、読者目線に立つからこそ聞ける内容。そんな友光さんの話を受けて、私は本の中に出てきたあるエピソードを思い出しました。
このエピソードを友光さんに伝えると、「下調べはしないで行くけど、『絶対面白い記事にする!』と考えて、その場でふと疑問に思ったことや仮説をぶつける、人間力が試される取材方法かもしれないですね」と一言。思考力も瞬発力も必要とされる方法が、藤本さん流の取材方法なのですね。
すると、西山さんが「ドキュメンタリーみたいですね」と言葉を発します。
「『初めてのおつかい』で子どもに下調べをさせたら、面白くなくなるじゃないですか。藤本さんにとっての取材のスタンスは『作り込みの面白さから、いかに離れるか』を大事にした結果、確立されたものなのかなと感じました」
確かに『初めてのおつかい』で事前に下調べをして、親と一緒に何度もお店に通っていたら、道に迷うことも、横道にそれることもなく、まっすぐお店に行って帰ってしまうかもしれません。でも、実際は道に迷ったり、つい横道にそれそうになったりする。その予測不能な出来事に私たちはハラハラして、それでもお店に向かう子どもたちの姿に心打たれるのではないでしょうか。西山さんの言葉を聞いたときにあまりイメージできていなかった藤本さんの取材スタイルが私の頭にスッと入ってきたようでした。
最初に疑問を持っていた小池さんも似たような感情を抱いていたようです。後日、主催3人で収録した「sentence radio」では、「他の人と話せたからこそ貴重な学びに変わった」と振り返ってくれました。
「一人で読んだときは同意できないなと思ったところがあったのですが、みなさんと話せたからこそ学べたことがたくさんありました。確かに事前情報を知らない人がインタビューするほうが新鮮な反応ができるし、ふとした疑問も生まれやすい。リアルな質感というか、ライブ感が出るんじゃないかなと考えるようになりました」
頭の中に事前情報がないからこそ、当たり前のことも疑問に思って、質問を投げかける。だからこそ、読者と同じ目線のインタビューができ、その気持ちを原稿に落とし込めるのかもしれない。「インタビュー前は徹底的に下調べをするもの」。当たり前に信じていた方法論が覆る、新たな気づきを与えてくれたイベントでした。
下調べ内容から一度離れて、インタビュー現場を楽しむ
イベント前は「下調べせずに取材に行くことはありえるのか」と疑問を持っていました。しかし、取材で大切なことは、下調べをするかしないかではなく、「現場で起こる魔法に敏感になること」。ドキュメンタリーのように何が起こるか分からない状況下だからこそ、「何が起こるのだろう...!」とワクワクしながらインタビューを楽しむ。そんな姿勢が大切なのかもしれません。
そのために、下調べした情報が枷となるようであれば、いっそ事前準備をせずに取材に臨む。取材をしながら思い浮かんだ疑問をぶつけることで、その場限りの魔法を生み出す。
インタビュアーとインタビュイーの掛け合いから生まれる言葉を大切にしているのが、藤本さんなのだと理解できました。
インタビューは思考や経験、技術など、その人自身の人間力が試される生の現場。だからこそインタビュアーの人間力こそが編集・ライティング領域に携わる私たちにとって、難しさにも、面白さにも繋がるように感じました。