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儲け話に飛びつく父(1200文字)
あれだけお茶を濁していた父が「田舎に帰る」と言い出した。
それは昨年の暮れのこと。
今から20年前。
私達家族は父の事業が倒産したのを機に家庭内は崩壊していった。
度重なる父と母の口喧嘩。
そして遂に父の暴力が母に殴打を食らわせ、家庭崩壊にトドメを刺した。
それから母と私たち兄弟は、父と別居生活を送ることになるのである。
“過ぎ去る時間の早さ”は凄まじい。
はや20年を経過した間、父は京都へ赴きタクシー運転手として夜の客を相手にした。
母はその間、父との復縁を願ってもいたのだが、父は頑なに首を縦に降ることはなかった。
だが観光業界に打撃を与えたコロナが、タクシー業界に押し寄せる。
70歳を過ぎた年齢も一応の理由だろうが、
“タクシー業界に未来はない”とする父の気持ちが帰郷の決め手になったようだ。
私はそんな父に「京都に比べれば田舎は不便だし、京都の仲間とも離れることになるが、未練はないのか?」と訊いた。
だが「もう潮時だから」と決意は揺るがない様子。
ならばと、私は(今更一緒には暮らせないから)安いアパートを探し、初期費用を払い、保証人の名前にもサインをし、帰郷の準備を整えた。
引っ越し業者を使わず、家財道具を2㌧トラックで自走してきた父。
だが、そのあとが大変で引っ越しは難航を極めた。
かくして父の新生活はスタートを切った。
だが、年金だけでは心もとないと、仕事を探す父。しかし、70歳を過ぎていることで仕事は警備かタクシーぐらい。
そんなこんなで帰郷後もタクシー運転手をするようになった。
しかしそこは田舎町。
京都とは比べ物にならないぐらいタクシー運転手は暇な仕事だった。
これには父も閉口した。
連日京都の友人たちからは電話が鳴り「そんな商売してたらアカンわ。はよ京都に戻って来い」と言われているようだ。
確かにコロナが明けて賑わいをみせ始めた観光業界。
当然、京都の方がタクシーも売り上げが良いに決まっている。
それを聞いた父は居ても立っても居られなくなったようだ。
浮き足立つように「また京都に戻って仕事をしたい」と言い出す始末。
帰郷して僅か4ヶ月だ…。
それも、あろうことか私に直接言ってくる。
まだアパートの初期費用も返してもらってないのに…。
私は父よりも大事にしなければならない妻や、なかんずく子供達がいるのだ。
だけどそれを差し置いて今回の父の帰郷を手伝った。
そんな私によくその言葉を言えるな?
と心底呆れてしまった。
「もう一生ここで暮していい。お前がこのアパートを探してくれたお陰だ」と言っていたあの言葉はウソだったのか!
私は父に言いたい。
私の時間とお金、それから体力や精神力。父の帰郷に費やした全てを返してほしいと。
儲け話に飛びつく父を見てると、本当にこの人は自分勝手で“信念やら哲学やら”がまるで無いと思う。
母も離れて正解だったんじゃないか…。
そんな他人事を心で呟きたくなる。
さてどうするのか…。
それは父の考えによるものだが、今後あまり関わるまいと私は静かな思いを抱き始めたのである。