ゲーミングで地域通貨を知る
上越教育大学大学院学校教育研究科准教授の吉田昌幸先生に地域通貨についてご寄稿いただきました。まちづくりや地域の活性化に適しているといわれる地域通貨の導入に向けて、ゲームを利用してシュミレーションを行うという提言がなされています。
ゲーミングで地域通貨を知る
吉田昌幸
日本では2000年代以降、地域通貨が800件ほど立ち上がっています。私たちの調査では、2002年をピークに2008年にかけてその立ち上げ件数は減少傾向となり、2008年以降は毎年15~20件ほどの立ち上げ件数が確認されています。なぜ地域通貨を立ち上げたのか。その理由は多様です。これまでの立ち上げ事例を発行目的から見ると、最も多いのが「人のつながりづくり」で次いで「商店街・地域経済の活性化」です。それに次で多いのが「資源の循環・リサイクルの促進」や「自然環境の保護・修復」です。さらに次いで「NPO・市民活動の活性化」があります。また、発行形態については、紙幣方式が最も多く、次いで通帳方式が続きます。私たちの調査では含まれていませんが、ここ最近では QRコードを使った決済方法をとる地域通貨も出てきています。
■1ゲームあたり 時間ほどで終了する。 このように、発行目的や発行形態など実に多様な地域通貨が発行されてきたことがわかります。ここ最近ではデジタル決済技術を用いた取り組みが出てきていることもあり、改めて地域通貨に注目が向けられています。地域通貨を導入するためには、導入を主導する人たちで組織作りをしていく必要があります。また実際に地域通貨を利用することになる利害関係者もいます。そのような人たちの間でどうやって地域通貨に対する共通認識をつくっていくことができるでしょうか。
第1に、既存の地域通貨の先行事例を調査・視察するということがあげられます。これは実際に地域通貨を発行・運営している人たちから話を聞けるという点でまずやるべきことであるといえます。立ち上げに関わるノウハウや現時点での課題などを具体的に聞ける機会は貴重です。自分たちが行いたい地域通貨のイメージを調査・視察を通じて持つことができると思います。視察先での地域通貨がうまく循環していたり、視察先で出会う人たちが魅力的であったりすればするほど、自分たちでも地域通貨をやってみようと思うものです。
しかし、問題はここからです。地域通貨がもたらすとされている効果は、地域通貨それ自体が自動的にもたらすわけでなく、地域通貨の導入過程で地域の現状と地域通貨の活かすべき特性のマッチングを図る様々な活動を通じてもたらされるものです。そして、このマッチングは主に導入過程で行われます。
地域通貨の導入過程には、①地域資源と課題の洗い出し、②地域通貨の周知・理解深化、③地域通貨の発行・流通デザイン策定、④発行・管理・運営体制づくりといったことが含まれます。第一段階では地域の基礎情報を収集すると同時に、地域住民の意識や地域社会に対して住民が抱えている課題を明らかにします。このような実態調査と併せて、ワークショップを実施し、住民と共に地域の資源と課題を共有することがゴールとなります。
第2段階では、地域住民に対する講習会において地域通貨の事例紹介や様々な類型の地域通貨について紹介し、ゲーミングを行うことで地域通貨の使用体験の場を提供します。これらを通じて地域の特性や事情によって地域通貨の形態が多様であることを理解してもらいます。また、地域通貨を地域のどのような場面で活用したいか、地域通貨を活用すると便利になる状況は何か、地域通貨を入れることで生じる問題は何かなど、住民に地域通貨のある地域社会像をイメージしてもらうことも目的です。
これらのイメージを反映させて第 段階の地域通貨の発行・流通デザインの策定に入ります。ここでは、導入を主導している人たちと研究者との協業によって具体的な発行形態や流通経路、その他細かいルールなどをきめ、それが機能するかどうかマルチ・エージェント・シミュレーションを活用して検証していきます。シミュレーションで出てきた結果のフィードバックを通じてデザインに修正を加えていくと同時に、その修正を反映させたゲーミングを行っていくことによって地域住民へとフィードバックし、策定した発行・流通デザインを検証していきます。
そして、最後の段階が地域通貨の発行・管理・運営体制の構築です。ここでは地域通貨の発行形態や管理・運営組織を確定させると同時に、それらに対する地域社会の理解と合意の形成を図る必要があります。具体的には、地域通貨の利用割合が高い団体や個人に対しては個別の会合を、住民一般に対してはワークショップ等を通じて理解と合意の形成を図ります。ここでも、定まった地域通貨の発行・流通経路をシミュレートしたゲーミングを行うことが有効であると考えられます。
このように、地域通貨の導入過程においては、地域通貨導入を主導する人々や地域通貨を実際に利用することになる利害関係者、そして活動をサポートする研究者がそれぞれ協働しながらすすめていくことが効果的です。そして、この過程で効果的なツールの中心にゲーミングがあります。
ゲーミング・シミュレーションとは、参加者に特定の社会的状況の理解を促したり、特定の社会的状況それ自体の特性を明らかにしたりするための手法です。現実世界から抽出・形成される社会的状況の下で、役割間の動的相互作用が形成されるところに最大の特徴があります。 地域通貨に関して私たちが作成した対人型アナログゲーム「地域通貨ゲーム」では、20~30名ほどの参加者が次のような設定のもとで行動します。
■仮想の村に、スーパー、レストランなどの役割を設定し、参加者は2~3名のグループでそれぞれの役割を担う。 また、村外には郊外大型スーパー、銀行を設定する(村外の役割はファシリテーターが行う)。
■ゲーム開始時に、村内での助け合いがなく、地域内商店 の売上げが低下しているという問題があり、参加者に は自分たちのできる範囲でこれら問題の解決をするよ うに指示する。
このようなゲームの設定をした上で、次のような形でゲームを進めていきます。
■1ターン毎にサイコロで決定される つのアイテムを購入する。ゲーム前半の2ターンは法定通貨のみで取引を行い、後半の3ターンで法定通貨と地域通貨を併存して取引を行う。アイテムの中には村内外双方で販売 されているものがあり、安い村外で購入するか高い村 内で購入するかを決定しなければならない。
■また、ターン毎にボランティアをお願いしたいことが生じる場合がある。その時にはその問題を解決できる村内の人に依頼しに行く。依頼された方はそれを行うかどうか決めなければならない。
■その他、後半のターンでは、販売アイテムの価格に占める地域通貨の割合の決定やボランティアの対価を設定しなければならない。
■導入する地域通貨の単位はJ【ジェイ】(1J= 円)で、紙幣型でもLETS型でも対応できる。
■1ゲームあたり 時間ほどで終了する。
これまで、地域通貨ゲームは地域通貨を検討している地域や関心のある大学や中学生を対象に25回ほど実施してきています。また、地域通貨を導入している地域で地域通貨ゲームを実施したいということで指導・アドバイス に伺うこともあります。ゲーミングの強みは、参加者間で作りあげていくゲーム上のリアルを共通して体験できるところにあります。参加者はこの共通体験を基盤に地域通貨を導入するビジョンを共有していくことができます。
ゲーミングのいいところは失敗ができるところです。 やってみたい地域通貨の設定が自分たちの地域でうまく機能するのかをゲーミングに落とし込んで実施すること で様々な試行錯誤が可能となります。そして、この過程を通じて自分たちの導入したい地域通貨を知ることになるわけです。
(よしだ・まさゆき 上越教育大学大学院学校教育研究科准教授)
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