やめると決める(とにかく信じる)

 あまりに自分を責めすぎて、脳(心)がとても簡単に死にたいと言うようになってしまった。だけど本当に死にたい訳ではなくて、ただ嫌な出来事に向き合いたくないから、リセットしたいとか消えたいとか消したいとか甘えたいという状態なだけなのに、そういうモヤっとしている状態をどの言葉に当てはめるのか、分類する作業が面倒くさくて、とりあえず死にたいにしておこう、という回路になっているだけだと気付いて、こんなパワーワードわざわざ使わなくていいじゃんと思ったのです。そしてパワーワードとしてちゃんと身体にダメージを負わせていたので、本気で死のうと思っているならまだしも、本気ではないのに死が近づいてくる(健康でなくなる)からそれを思うことをやめたいと思いました。
 最近病気(ひどい風邪です)になって、喉が痛すぎて苦しくてまさに死ねそうなのに、病院に行ってちゃんと点滴を受けて薬も飲んで、回復するための行動を自然とした。その時はもちろん死にたいなんて思わなかったし、早く喉の痛みを何とかしてくれえと普通に思ってた。死にそう(風邪なので大げさですが)なときにはちゃっかり健康を求めるなんて、脳(心)は本当にあまのじゃくで都合いいなと思う。都合のいいやつに振り回されるなんてごめんだわい。本当に死にたいと思ったなら、病気になってもきっと病院に行かない。パワーワードが脳に浮かぶときに病気になって、やったーこれで死ねると思ったら真で赤信号、結局のところただの甘ったれの私にとっては「生きたい」なのだ、健康ということなんだな、と気が付いた。

 そのパワーワードに簡単に当てはめることをやめることに決めた。ちゃんと向き合うことにした。「生きたい」だったとしても、何かしらの不安が浮かんでいるということは事実だから、安直にパワーワードに当てはめず、とにかく不安を感じてみる。「不安なんだね、どうしてかな?」「落ち着かないね、休んでみる?」「悪い想像が止まらないね、書いてみようか」とかとにかく話しかけてみることにした。それからとにかく褒めることにした。もう責めない。とにかく褒める。子供みたいに。ここ2,3日そうしていたら、ちょっと思いついたことがある。「6歳から8歳の自分に戻る」

 先日、こえ占いのちえこさんにみていただいた。その時「8歳まではのんびりだったのに、どうしたの?なんでそんな早口になっちゃったの?」と聞かれて、答えられなかった。でもそうだった気がする。私はゆっくり話すのが好きだし、仲のいい友人達もそういわれると、すごくゆっくり話す子が多い。何で早口になったんだ?だから戻ってみる。

 それからもう、思いついたことはどんどん書いてアップすることに決めた。もっと丁寧に書きたいと思ったけれど、こんな感情のごみ箱みたいな内容を人様に見える状態にする必要なんてないし需要もないし、誰かに宛てるものでも求められるものでもなくてごめんなさい。人様に晒せるラインで晒させてください。書いて整理したい。隠し事のない状態になりたい、いつでも人様にお見せできる状態になりたい。その為に書かせてください。

 私はいま、とある資格の勉強をしていて、ものすごくサボっていることをずっと責めていた。サボっている間何をしていたかというと、ずっと自分と向き合う感じの本を読んだり、それについてメモしたり、実験したりグルグル思考していた。サボっていると自分は認識していたけど、誰にもそれを責められることはなく、むしろ頑張っているようにみえているらしく不思議だった。ところが、いざ勉強するとなると、自分がサボっていた時に読んだ本がえらい役に立つ。もう勉強なんてできないからやめたい、諦めたいと何度も思ったけど、結局サボってなかった。前に進まないと思っていたけど、これはやらないといけないことなんだと、ずっとやりたかったことだと分かった。自分と向き合いながら、前に進む。私はできる、絶対に。

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